第19話 こんなことしても、嫌いにならないで!

ルカは仰天した。


「どうしたの?

 もう治ったの?」


エリシャはどこか上の空だった。

戸惑いを隠さず、目を伏せる。


「ううん。

 まだ治ってない。

 脚もくっついてないかも」


「ちょっと!

 そんなので、出歩いたら……」


思わず、エリシャの無謀をとがめるルカ。

が、エリシャはルカの話をほとんど聞いていない。


濡れたようにうるんだ瞳を、ルカに向けた。


「いいよ、そんなの。

 でも、ルカは大丈夫なの?

 あいつらにやられてたよね……あたしをかばって」

 

「う、うん。

 お医者さんにも、さっき、診てもらった。

 すごい回復力だって。

 ピアリッジはすごいって、言ってた」


普段とは違うエリシャの様子に、ルカは困惑する。

いつもの傍若無人なエリシャは、今は影を潜め、まるで繊細な子供のようだ。


「痛かったよね。

 今もつらかったりする?」

 

「うん、ちょっとだけ……かな」


「ごめんね、ルカ。

 それだけがどうしても言いたかったの。

 あたしのせいで……」

 

泣きだしそうな表情のエリシャは、混乱しているルカに、にじり寄る。


「わたしは、大丈夫だから。

 それより、エリシャのほうが、もっと休んでなきゃ」


「もう休んだよ。

 今日は、ごめんね、あたしが怪我したから、ルカだけがヴァリアンツと戦って……本当にごめんなさい」

 

ルカは、ついさっきの生々しい殺戮の光景を思い出し、吐き気を催した。


エリシャはルカの重苦しい表情を見て、胸をかき乱される。

これまでにない、鮮烈な感覚に、全身がしびれるようだった。

わずかでも、ルカの重荷を軽減できれば、と必死に声をかける。


「どうかしたの?」


ルカは言葉を絞り出す。


「いろいろあって……きっとトビヒトさんから話があるだろうけど、わたしって……もう何人も……。

 そんなつもりじゃなかったの……。

 でも、でも結局、わたしが……何人も……殺しちゃった……」


苦しむルカに、エリシャは声高に叫んだ。


「そんな奴ら、どうでもいいよ!

 しかたがない、どうしようもないことだから!

 せめてあたしが、その場にいたら、ルカだけにつらい目にあわせなかった、絶対に。

 だって、ピアリッジって、あたしたち二人だけでしょ。

 それ以外の人間なんか、どうだっていいんだから」


エリシャのいつになく不器用な励ましに、ルカはわずかに微笑んだ。


「ありがとう」


「ううん、こんなこと……こんなことくらい、どうってことない。

 ルカがつらいのは、見たくないよ」


ルカは重苦しい気持ちを抱えながら、エリシャに言う。


「うれしい。

 ……もうエリシャは寝たほうがいいよ。

 わたしはもう大丈夫」


力なく微笑するルカのはかなげな表情に、エリシャは吸い込まれるような心地だった。


不意に、エリシャの端正な面差しがルカの顔に接近した。

そっと、唇を重ねる。


互いに、濡れた感触が、ひんやりと口元に残った。


驚いたルカは身を引いた。


エリシャも同じく、自分の衝動的な行動をにわかには信じがたかった。

いつもは白磁のような肌が、顔から首まで真っ赤に染まっている。


かすれた声で、早口にささやいた。


「嫌いにならないで!」


足を引きずりながら、逃げるように部屋を出た。


残されたルカは呆然と閉じたドアを眺めていた。

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