第13話 死んだ人と生きるため
深夜の東京に突如出現した光の発生地は、東京大学先端科学技術研究センターだった。
光はおよそ半径一キロあまりに広がった。
数秒間ののち、光に包まれた広大な地域は、巨大なクレーターと化していた。
さらに、クレーター内は時空間のゆがみすら生じていた。
内部に入った人間が突如消失したり、その場にあるはずのない物体がふいに出現するなどの異常な現象が相次いだ。
無事にクレーターから戻った人間も、身体や脳を時空の異常に侵され、ほどなく死亡したり、精神に異常をきたした。
おおよそ駒場公園を中心として、北は幡ヶ谷、東は渋谷、南は三軒茶屋、西は豪徳寺までが、人の立ち入ることのできない廃墟へと変貌したのである。
先端研は跡形もなく消滅したが、遠隔地のサーバーに転送されていた、施設内の防犯カメラ映像が解析された。
原因はすぐに判明した。
先端研では、ヴァリアンツが月に着陸する以前の交渉によって、地球にもたらされたオーバーテクノロジーの情報をもとに、まったく新しい発電機を研究、開発していた。
次元振動炉である。
すでに小型の試験機は完成していた。
カメラの映像によると、別の研究を行っていた研究員が、突然研究室に入り込み、無断で試験機を稼働、暴走させたことが判明した。
次元振動炉爆発事故は、ヴァリアンツに憑依された研究員の犯行だと断定された。
が、犯行に及んだ研究員は、大量誘拐事件には無関係であり、事件発生以降から前日まで、いつもどおり出勤していることが確認された。
つまり、ヴァリアンツは誰にでも憑依できることが、判明したのである。
おそらくは、西調布中学校人質事件を起こしたヴァリアンツ、ピティノートがひそかに進めていた実験の成果を活用しているものと思われた。
現在、日本に潜伏中のヴァリアンツには、今回の爆発事故のような大規模テロを、いつでも容易にひき起こすことが可能である、と予想された。
日本がパニックに陥ることを防ぐため、事故原因は秘匿された。
しかし、情報をいち早くつかんだアメリカ合衆国、中華人民共和国をはじめとする国際社会は、ヴァリアンツの流入を防止するために、日本からの入国を制限した。
すでに、非常事態に即応するため、太平洋上にはアメリカ第七艦隊が展開し、在日米軍も臨戦態勢を取っていた。
日本政府は、邦人に対して海外への渡航を厳重に禁止することで、かろうじて内政干渉を免れている状態であった。
ヴァリアンツ対策を早急に検討する必要に迫られた日本政府は、拠点を東京地下のシェルターに移し、閣僚は昼夜問わず会議に明け暮れていた。
日本社会は、急速に崩壊しつつあった。
***
爆発事故から数日。
ピアリッジも地下シェルターへと引っ越ししていた。
爆発は、目黒駐屯地の、ほんの目と鼻の先で起こったのである。
被害が及ばなかったのが奇蹟であった。
ルカは、ナオミが死んで以来、絵を描くことはなくなった。
引っ越しの際に、道具はみんな捨ててしまった。
両親の励ましで、ようやく気持ちが落ち着いてきてから、どうも手持ちぶさたになっていた。
話し相手になってくれそうなエミティノートは、ヴァリアンツ捜索に駆り出されて姿を見せない。
かといって、エリシャと時間を過ごすつもりには全くなれなかった。
漠然とした不安を抱えたまま、長い時間を一人で過ごしていた。
インターホンが鳴った時、ルカは不快を感じながらも、安堵を覚えていた。
「ヴァリアンツと思われる対象が見つかった!
すぐに準備をしてくれ」
トビヒトの声が終わらないうちに、ルカはロッカーを開いた。
きびきびと戦闘服を身に着ける。
居室のドアが勢いよく開いた。
「ちょっと!
なにもたもた……してないね。
ごめんね」
目を丸くしてエリシャはルカを見る。
ルカは小さくうなずき、言った。
「行こう!」
悲しんでいるだけでは、ナオミの死は意味がなくなる。
ヴァリアンツを駆除することが、すこしでもナオミの生きた証になるのなら……。
ルカは決意とともに、戦いへと自ら歩を進めた。
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