第12話 あの子とは、仲良くもないし悪くもないけど
自衛隊の、目黒駐屯地。
誰も使用していない個室。
簡素なベッドで、せわしない息遣いの男女がもつれ合っている。
女の甲高い声とともに、二人の激しい動きは止まった。
しばらくして、女は男の胸に頭をのせた。
「どう?
よかった?」
声の主はエリシャであった。
「何度試してみても、やっぱり子供は味気ないな」
トビヒトが淡々と答えた。
「なにそれ~、いろいろしてあげたでしょお?」
むっとして、エリシャは頭を起こした。
トビヒトは無関心に、電子タバコを口にくわえる。
「それが余計に醒める」
「なんだよ、つまんないヤツ」
ふてくされた様子で、エリシャはスマートフォンを手に取った。
ニュースの配信動画を再生する。
上空から撮影された映像に、破壊された西調布中学校の校舎が映った。
昼間に発生した、ピアリッジとヴァリアンツとの戦いが、配信されているのである。
「へ~、こんなんなってんだ。
……あ、あたしのハダカ、モザイクかかってる」
「報道管制が多少緩くなったらしい。
これから、ピアリッジの活躍がライブ中継されることもあるだろう」
大々的に大量誘拐事件が報道されたこともあり、エリシャとルカが事件から生還し、ヴァリアンツ退治をしていることはすでに有名だった。
しかし、一般人をヴァリアンツとして誤認した事故もあったことから、今までの報道内容は、厳重な検閲を経なければならなかった。
「あのヘリコプターは、テレビ局だったんだ。
そーいえば、今ってヴァリアンツを名目にして、ムリめの法案がガンガン可決されてるらしいよね。
だったら、実際、戦争中ってことをアピっとかないと、まずいってゆう。
だからでしょ?」
トビヒトはかすかに苦笑した。
「そうだな。
いつもファッション誌に埋もれてるくせに、どこでそんな話を拾ってくるんだ?」
「こまめにニュースとか新聞を見てたらわかるよ」
スマホの映像に興じているエリシャを、トビヒトはそっと横目でうかがう。
実際、エリシャの察しの良さは、異常だった。
彼女はいずれ、ピアリッジ……単なるヴァリアンツの掃除係、という立場にはとどまっていないだろう。
その時、彼女の意思次第では、国家にとって恐ろしい敵になりかねない。
自分の不穏な考えをかき消すように、トビヒトは別の話題を口にする。
「ルカさんの様子はどうだ?」
「あーあの子、ずっと部屋で寝てるよ」
「友達が死んだんだから、無理もないな」
「まーね。
でも、いつまでもメソメソされてたら、こっちがたまんないね」
「冷たいな。
ルカさんと、仲悪いのか?」
「別に。
悪くも良くもない。
それに、親しい人が死んだのは、ルカだけじゃないんですけど」
「にしてもキミは……」
途中で、トビヒトは口ごもる。
両親と弟を亡くしたエリシャは、しかし、たいしてショックを受けた様子を見せなかったことを思い出したのだった。
スマホから目を離し、エリシャは皮肉っぽい笑みをトビヒトに向けた。
「なぁに?
あたしも、ピーピー泣いてれば、カワイソーって思ってくれた?」
「すまん。
失言だった」
謝るトビヒトから、エリシャはスマホに視線を戻した。
「いいよ、気にしなくて。
そんな悲しかったわけじゃないから。
たまに、夢で見るけどね……まだパパとママとテラが生きてる夢。
でも、目が覚めたら思い出すの。
もうみんな死んだってこと」
テラというのは、エリシャの死んだ弟の名前である。
「かたき討ちだからか。
キミがいつもヴァリアンツ相手に無謀に突っ込んでいくのが、心配だよ」
エリシャははしゃいで笑う。
「うわ、急にやさしくなってるし。
なんかキモイ。
あなたなんかに心配されなくっても、あたしは全然ダイジョーブなんですけど?」
「……なんか損した気分だな」
「バーカ」
エリシャがトビヒトにじゃれつく。
うるさげに、いなすトビヒト。
その時、窓の外が昼間のように明るくなった。
異変に、二人はベッドから飛び出した。
窓の外を見る。
北の方角に、光の半球が天高く膨張している。
いまだ目にしたことのない、異様な光景であった。
絶句する二人の耳を、突如鳴り響いた国民保護サイレンの不吉な音が震わせた。
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