第11話 消えゆくランプに苦しみがなければいい

「あーあ、油断しちゃった。

 ヤバいヤバい」


校庭から、エリシャが戻ってきた。

照れ笑いを浮かべ、舌を出す。


しゃがみこんでいるルカを見つけた。


「ケガしたの?

 バカだね~」


同情心のひとかけらもないようすで、言った。


「うん、ちょっとだけ」


ルカは平静を装い、立ち上がる。


そこへ、ナオミが部屋の奥から現れた。


ルカの顔が喜びにほころんだ。


「ナオミ!

 よかった、生きてたんだね!」


「ああ、金魚かフンかどっちかのコね……」


鼻で笑うエリシャは、ふと真顔になった。


ルカの背後から、エミティノートが叫ぶ。


「危ない!!!」


とっさに、ルカは横へ跳んだ。


ルカのいた場所に、光が弧を描く。


「ナオミ、いったい何が……」


ルカは、ナオミの異様な姿に言葉をのみこんだ。


ナオミの手に、まばゆい光が燃えていた。

顔が不気味にゆがみ、けいれんする唇から言葉がこぼれおちる。


「エミティノート!

 余計なことを……」


輝いているナオミの手は、ろうそくのように燃えながら縮んでゆく。

強化されていない肉体は、内部のヴァリアンツが放出するエネルギーに耐えられない。


骨折している脚は、ぐらついて歩行も困難であるため、自らが積極的に打って出ることは不可能だった。


「なにこのコ?

 こいつもヴァリアンツだったの?」


エリシャの疑問に、エミティノートが答えた。


「あれはピティノートよ!

 きっと、ナオミちゃんに憑依しなおしたんだわ」


「あなたたちって、そんなことできたっけ?

 まあいいや、とっとと片付けちゃいましょ」


戦闘態勢をとるエリシャを、ルカは必死に制止する。


「待って待って!

 ナオミを傷つけないで!」


エリシャはあきれ返ってしまった。


「何言ってんの?

 あのコって、ヴァリアンツなんでしょ?

 なら、ちゃんと殺さなきゃね。

 だって、あたしたち、ピアリッジだし」


「わかってるよ!!!

 そんなことくらい、言われなくたって、わたしだってちゃんとわかってる!!!」


ルカはエリシャに対して感情を爆発させた。

初めてのことだった。


「だから……だから、ナオミは……」


つかのまの逡巡ののち、ルカは言った。


「わたしが、相手する……」


「どうぞご勝手に」


エリシャは不服だったが、ルカの背後に下がる。


よろめく足取りで、ルカはナオミに……今はヴァリアンツとなり果てた、ナオミだったものへと近づいた。


「ナオミ、わかる?

 わたしだよ、ルカだよ……」


おそるおそるささやく。


しかし、相対するナオミそっくりの面貌は、微動だにしない。


ルカは涙を流した。


「ごめんね、わたしのせいだよね、こんなひどいことになったのは。

 本当に、ごめん。

 ナオミだけは守りたかったのに、ナオミさえ無事なら、わたしなんてどうなってもよかったのに。

 なのに、今のわたしがナオミにできるのは、謝るだけ。

 たったそれだけしかできないの……!」


すでに、肘まで燃え尽きていたナオミ=ピティノートの腕が動いた。

ルカの体が光を帯びる。


両者の光が衝突した。

エネルギー波が四方八方に飛び散り、周囲の可燃物を燃え上がらせる。


それは、ナオミの肉体も例外ではなかった。


爆発するかのように、ナオミの体が炎に包まれた。


頭髪が一瞬で燃え尽きる。

皮膚がひび割れ、溶けて縮みあがった。

全身が黒く染め上げられ、炎をまとって崩れてゆく。


「消えないで、戻ってきて!

 お願い!!」


炭化し、粗末な黒い人形のような姿に変じたナオミの亡骸を、ルカは抱きしめた。


ルカの腕の中で、ナオミは土塊のように壊れ落ち、あたりに舞い散った。


両手のひらの中に、わずかに残ったナオミの痕跡を握りしめ、ルカはその場にくずおれる。

悄然と背を丸め、座り込んだ。


「ちょっと、どうしたの、ルカ?

 とっとと帰ろ」


無遠慮に声をかけたエリシャを、エミティノートがたしなめる。


「よしなさい!」


消え入るような、ルカの声がかすかに、二人の耳に届いた。


「しばらく、二人だけにして」


唇の端を曲げ、エリシャはエミティノートにささやく。


「二人ねぇ?」


「黙って。

 そっとしてあげて」


つかの間、興味深い目つきでルカを見つめた後、エリシャは踵を返し、エミティノートと共にその場から立ち去った。


人の気配が消えたがれきの中で、ルカは長い間すすり泣いた。

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