POV:リカ

その日は不可思議な機械がやってきた。ジェットエンジンで空を飛んでサーチライトを照射する機械を二人は爆発に追い込んだ。雑に書かれた、読めもしないペンキの文字。それを舐めていく炎。機械の最期を見ていたアメリの表情はひどく悲哀と虚無に満ちていて、リカは得体のしれない薄ら寒い恐怖を覚えた。

リカが夜に部屋を尋ねた時、アメリはバタークリームケーキを食べていた。生成りのクリームに黄色いスポンジ、赤いジャムペーストとチョコレートチップ、合成品だ。どうかした、と首をかしげるアメリの手の中で銀紙が冷たく光った。

「いくら好きでもそんなに食べたら太っちゃうよ」二切れ目のケーキをつかんだままアメリは表情を崩さない。

「好きじゃ、ないよ」無表情とは裏腹に声には悲哀の色が混じる。はがした透明フィルムを形式的に舐めると、アメリはそれを丸めて捨てた。投げ入れられたフィルムがごみ箱の底で重い音を立てる。

「食べてないと落ち着かないんだ」リカは説得を諦め、注意だけして部屋を出ることにした。

「やけ食いはだめだよ」「うん」アメリは素直に従った。ケーキをそっと机の隅にのける。

部屋から出ていくその背中を見送り、扉が閉まるのとほぼ同時に黒白メッシュの頭がテーブルに落ちる。机は鈍い音を上げたがアメリはそれに痛みを感じない。そのままずるずるとアメリの意識は深いところへもぐっていった。


机に突っ伏して寝ているアメリが微かに声を漏らす。どうやら夢を見ているようだ。

不審な音を聞いて部屋に戻ってきたリカは眠っているアメリのほうをちらりと見ると、サイドボードの引き出しを開いた。中から出てきたのは大量の白い包みと筒のチョコレート二本、粉ジュースと薄い色の大小の錠剤。あまりの量に思わず眉をひそめる。リカは机の上のケーキのことを思い出し、アメリを起こさないように皿を手に取った。リカの指が触れると、ケーキは突然粉状になって崩れた。リカは皿を持っていないほうの手で口から漏れそうになった悲鳴を押える。アメリを起こしてしまってはまずい。白く分解されたケーキの粒子は見る間に細かくなり、最終的に空気に溶けて消えた。そうしてケーキの乗っていたはずの皿の上には何も残らなかった。

銀紙もこぼれていたはずのクリームも消え、ケーキが載っていたという証拠を一切なくした、白い陶器の皿だけがそこにあった。

リカは皿をそっと机に戻し、チョコレートの筒を手に取った。蓋を開け、数粒手の平にこぼす。色とりどりのチョコレートはどれも一様に白く分解されて消えていった。リカは自分の手とチョコレートを見比べた。何らかの魔法を流用して作られていることにリカは思い至った。そうでなければこうも完全に消えはしないだろう。サイドボードに残った包みを再度確認する。白いだけだと思っていた包みには、乳製品メーカーの名前が薄青で印字されている。どうやら中身の顆粒はグラニュー糖らしい。さらに奥を覗くと、何かが薄く光を反射した。リカはそれに手を伸ばした。

引き出しの一番奥に伏せられていたのはプラスチックケースに入った一枚の写真だった。

写真に映るその人物には見覚えがあった。リカはその人をよく知っている。『メリー』だ。肩までの黒髪に、髪と同じ色のジャンパースカート。対して自分は、お揃いのリボンの柔らかな桃色のワンピースを着ていた。

リカは今自分が着ている服を改めて見た。そうだ、この服はメリーのものだったはずだ。

リカは思い出した。小さいころ名前がはっきり発音できず、メリーと愛称で呼んでいたこと。メリーがリカをおねえちゃんと呼ばなくなってからも、リカは変わらずメリーと呼び続けた。いつまでその呼び方で呼ぶの、と言って笑った妹。リカは嗚咽した、いつかは来るとは思っていた時をこんな形で迎えてしまったことに。抑えた口から呻きが漏れた。床にぼたりと水滴が落ちた。

過ぎた時間、戻らぬ変化、全てをとめられなかった自分の非力さに、リカは声にならない叫びをあげ、泣いた。

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