POV:アメリ
重い体を引きずるようにしてアメリは誰かと話していた。相手がだれかはわからない。形のないモノトーンの影が視界をちらつく。一対の赤い光が影の中で緩やかな点滅を繰り返す。
「リカは君のことを思い出したのかい?」辺りに響く声は、脳の中に直接入り込んで身体の内側を揺さぶる。アメリは鬱陶しそうに答えた。市松模様の床が不快感を煽る。
「まだだ。でもいつか、きっとリカは、姉さんは戻ってくる。そのときは私のことだってちゃんと思い出してくれてるさ」そうでなきゃ困るというようにアメリは低く唸るような声をあげた。
「本当に?」声はアメリの背中側に回り、冷たくなぞり上げた。アメリの体が冷える。
「……本当に?」喉の奥から上ずった声がでた。聞きたくない答え、嫌な回答。背筋も凍るような悪寒。そういったものを予測して、アメリは固まる。声は構わず続けた。
「思い出せなかったんじゃなくて、知らなかったんじゃないか」「……やめろ」「変わってしまった君を」「黙れ」「埋められなかった時間の溝。君はリカより強くなってしまっていたんだ」「違う、リカは」「守られるべき『メリー』しか知らなかったリカには自分より強い『アメリ』は知らない人間だ」「私は……」「時間をとめていたリカを、自分と同じ時間を歩めなかった双子とのずれを」声は目前に迫っている。アメリは震えた。
「受け入れられなかったのは」
「拒絶したのは」
「君じゃないのか?」靄の中から現れたのは爛々と光る赤い目を持った、自分自身だった。
アメリは跳ね起きた。机の上から何かが弾かれて床に落ちる。べったりと濡れた肌を涙のように汗が流れていった。
「違う、私は」反射的にサイドボードに手を突っ込む。だが、いつも使っているはずの引き出しにはなにも入っていなかった。震えが止まらない。
「私は」寒い。体が、痛い。アメリは机で寝たせいだと自分に言い聞かせた。寒いのも、体が痛いのも。引き出しに何も入っていないのも悪夢を見て朦朧とした頭が見せた幻覚だ、そう思い込もうとした。
目を閉じて幻覚を振り払うように頭を振る。閉じた瞼の裏にピンク色のワンピースのリカの姿が浮かび、アメリは身震いした。冷え切った体に、ざわざわと血が沸騰するような感覚がこみ上げてくる。アメリは洗面所に走った。ひんやりした陶器の洗面台にもたれて、アメリは胃液を吐いた。焼けつくような疼きが胸の奥からせりあがって、緊張と不快感を増幅させていく。震える手でコックを捻ると透明な水が光を反射して流れていった。アメリは手に水を汲んで口を漱ぐ。震える手で洗面台の奥から咳止めの箱を出すと、色あせた紙の箱の中から袋を一つだけ取り出して口の中に開けた。そのままアメリは水を含み、喉の奥に薬を流し込んだ。
完全に落ち着くまで待ち、アメリは写真と菓子類を探しに戻った。写真は一つ下の引き出しに入っていた。
アメリは息を吐くと、立ち上がって皿を拾い、朝食をとるために婦長さんのもとに向かった。
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