アメリ

軋むような断末魔が辺りに響く。最後に発射されたレーザーは突き飛ばされたメリーの耳をかすり、メリーをかばったリカに直撃した。黒い髪が一房、煙をあげて闇に溶ける。アメリは受けた傷も構わずリカに駆けより、呼ぶ。返事はない。耳の両方が根元からちぎれ、だらだらと血が垂れていくのが見える。名前を呼ぶ。返事は、ない。雨が降っている。メリーは動かなくなったリカを背負い、手にはちぎれた耳を握って、なりふり構わず雨の中を駆けた。傷口から薄まった血液が流れ、水たまりに混ざった。時折聞こえる苦悶の声に己の消耗も厭わず痛み止めの魔法を施す。ぬかるむ道で何度も転びかけ、切り傷には泥が沁みる。走るメリーももう限界が近い。だがリカのほうがよっぽど大事だ。やっとのことで医院につくと、飛び出してきた婦長さんにリカを押し付ける。朦朧とする意識の中でケミカルな粉ジュースを一気にあおり、こみ上げる脳の痺れに全てを委ねる。メリーは床に倒れこんだ。


メリーが目を開けると柔らかな緑の光が窓から差し込んでいた。夜の雨はすでに上がっている。

メリーは飛び起き、自分の体を確認した。手も足も体中の傷も全て綺麗に洗ってあり、腕には点滴のチューブがつながっている。ほっとすると同時に襲ってきた鈍い痛みに思わず顔をしかめた。痛い。まだ、生きている。魔法で糖衣のチョコレートタブレットを生成し、それをざらざらと痛みごと飲み下す。体の痛みが引くとアメリはチューブの針を抜いた。重い足を引きずってリカがいるはずの部屋へと走る。

リカはベッドで寝ていた。点滴のチューブに躓かないよう近づいて顔を覗き込む。微笑むような安らかな寝顔にメリーは思わず目を見開いた。どきりと鳴った胸を抑えて、そっとリカに手を伸ばす。死んでいるように見えたリカの手にはゆっくりとした鼓動と36度の体温が感じられた。胸が締め付けられるような痛みと自分の腑甲斐なさにメリーは慟哭した。リカを、たった一人の双子の姉を守りきれず、あまつさえ自分が助けられてしまった。強く、優しく、賢い、いつも自分を助けてくれた自慢の姉。リカを取り戻すためならメリーは自分の命と魂さえも差し出すだろう。メリーは涙を拭い、歯を食いしばって立ち上がった。これからは一人で戦っていかなければならない。泣いて、立ち止まっていられる時間は終わったのだ。

彼女をメリーと呼ぶのはリカだけだ。その日、彼女はアメリになった。

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