エピローグ

「お姉ちゃん。真由実を見つけてくれて、本当に、ありがとう」

 と、明日菜ちゃんが言った。

 真由実さんを助け出した翌日の夕方、仕事終わりに明日菜ちゃんが、探偵事務所に来ていた。真由実さんは、保護されたあと念のために、病院に入院しているようだ。何もなければ、明日には、退院できるみたいだ。

「でも、まさか、お兄さんが犯人だったなんて……。信じられないな。優しい、お兄さんだったのに……」

 と、明日菜ちゃんは、真由実さんのお兄さんが犯人だったことが、まだ信じられないみたいだ。

「明日菜ちゃんは、お兄さんのことを、よく知っているの?」

 と、僕は聞いた。

「ううん。そんなに、よくは知らないんだけど。一度だけ、会ったことがあるわ。真由実に対して、とっても優しくしていたわ。――でも、今、思い返すと、ちょっと、おかしかったのかな。兄と妹というよりも、まるで恋人を見るような感じだったわ」

 と、明日菜ちゃんは言った。

「お兄さんは、真由実さんに、妹として以上の感情を持ってしまったのね」

 と、明日香さんが言った。

「お姉ちゃん。でも、だからって、どうしてこんなことを?」

「ちょっと前に、鞘師警部から電話で聞いたんだけど。ご両親が事故で亡くなってから、お兄さんの行動は酷くなったみたいね。特に、この一ヶ月は、なおさらね」

「一ヶ月前というと、お兄さんの隣の部屋の人が、引っ越した頃ですか」

 と、僕は言った。

「それも、一つの、きっかけかもしれないわね。ばれるリスクが、減るからね」

 と、明日香さんは、うなずいた。

「でも、真由実を監禁して、お兄さんは、どうするつもりだったのかしら?」

 と、明日菜ちゃんが、もっともな疑問を口にした。

「それは、まだ分からないけど。お兄さんは、もともと監視をしているつもりでは、なかったようね。私たちが、お兄さんに聞いた時点で、真由実さんが監視されていると感じていることを、初めて知ったそうよ」

 そうか。それで、あのとき、真由実さんのお兄さんは、顔を紅潮させて怒ったような感じになったのか。

 僕は、てっきり、監視をしている犯人に対して、怒っているのかと思ったけど、そうじゃなくて、真由実さんに対しての怒りだったのだろうか?

 自分は、こんなに真由実を思っているのに、監視をしていると思われていたなんて――と。

「それと、真由実さんが、お兄さんの車に自分から乗ったというのは、どうやら本当みたいね」

「そうなんですか?」

「真由実さんが、そう証言しているらしいわ。真由実さんは、お兄さんと話し合うつもりだったみたいね」

「話し合うつもりが、監禁されてしまったというわけですか」

 真由実さんも、まさか自分が監禁されてしまうとは、思ってもみなかったのだろう。

「でも、よかった。お姉ちゃんが、早く見つけてくれて。よくネットなんかで、誘拐された人が、何年かぶりに救出されました――。なんていうニュースを見ていたから、もっと時間がかかっていたらって思うと……。お姉ちゃんは、いつから犯人が分かっていたの?」

 と、明日菜ちゃんが聞いた。

「そうね――。最初に会ったときから、怪しいとは思ったわよ」

「例の、カバンの件ですか?」

 と、僕は聞いた。

「それもあるけど、あんまり心配しているように感じられなかったからね。いくら仕事があるからって、あんなに簡単に私たちに任せるって言うのも、おかしいと思ったわ。もしかしたら、真由実さんが無事だということを、知っているんじゃないかって」

「でも、どうしてお兄さんは、あんな時間に来たんですかね? もっと真夜中に来ていれば、誰にも見つからなかったかもしれないのに」

 と、僕は言った。

「それは真由実さんに、そう頼まれたからみたいね。会社帰りに、着替えを取ってきてって。でも結局、私たちに見つかって、そのときは諦めて、夜中にもう一度来たみたいね」

 なんだ、そういうことだったのか。

「お兄さんは、真由実さんのことを、女性として見ていたんでしょうか?」

「そこまでは、分からないわね。これから、鞘師警部たちが、取り調べるでしょう」

「そうですね」

 取り調べが終われば、すべてはっきりするだろう。

「明宏君は、妹さんに、そういう感情を抱いたことはあるの?」

「えっ? 明美にですか? まさか、そんなこと、あるわけないじゃないですか。突然、変なことを聞かないでくださいよ」

「そう? まあ、普通は、そうよね」

 もしかして、鳥取県に行っているときに、家族のこととか、いろいろ聞いてきたのは、そんなことを考えていたからなのか?

「ねえ、お姉ちゃん。明日、真由実が何時頃に退院するか分かる? 私、迎えに行こうと思うんだけど」

 と、明日菜ちゃんが聞いた。

「あとで、鞘師警部に聞いてみるわ」

「明日菜ちゃん。どうやって、迎えに行くの?」

 僕は、嫌な予感がして、おそるおそる聞いてみた。

「どうやってって――。もちろん、車でよ」

 と、明日菜ちゃんは、当たり前でしょとでも言いたげだ。

「明日菜! 私も、一緒に行くわ」

 と、明日香さんが、あわてて言った。

「それじゃあ、僕が運転をしますよ」

 と、僕も、あわてて言った。

 真由実さんが、別の理由で再入院なんていうことになりかねない。

「そう? それじゃあ、お願いしようかな。でも、お姉ちゃんの車じゃ狭いから、私の車で行こうよ。探偵事務所ここまで、私が運転をしてくるから」

 と、明日菜ちゃんは、笑顔で言った。

 どうか神様、『明日菜ちゃんが、事故を起こすことなく、探偵事務所ここまで無事にたどり着きますように』と、僕は、祈るような思いで、笑顔の明日菜ちゃんを見つめていた。

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探偵、桜井明日香3 わたなべ @watanabe1028

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