17週目 おしゃべり

月曜の朝、時刻は午前9時ちょっと前。

今までの登校時間に比べるとだいぶ遅い時間。


だが今日は夏休みだ。学校なんてないからこんな時間になっても問題ない。


そんなお休みの俺が、9時開店のカフェの前でスマホを片手に待つのは、大天使ルナエル……ではなく、クラスメイトのるなちゃんである。


「すう……はあ……」


今日何度目かになるか分からない深呼吸をする。

心を落ち着かせてみるも、深呼吸の効果はものの数秒でなくなりまた俺はそわそわとし始める。


だって仕方ないだろう、学校以外で月ちゃんに会うのなんて今日が初めてなんだから!


先週の掃除の際にした『夏休み中も会う』という約束は、ケータイで少しずつ具体的なところが決めていったのだが……最終的に『カフェで9時から駄弁る』という場所と時間だけとりあえず決めました的な中身のない内容で落ち着いた。


まあ俺としては月ちゃんと話せるだけでも幸せなのだ。それ以上は求め……るけども。それは今じゃなくてもいいだろう。


「へ、変じゃないよな……?」


スマホの電源も入れず、黒い画面に写り込む自分の顔を何度も確認してしまう。

顔にごみは付いていないか、髪型は乱れていないか、笑顔は自然にできているか。


顔の次は服装のチェックだ。

向かいのビルを鏡代わりに今日の服装を確認する。


青いシャツにベージュのジーンズ。無難な選択だが、それゆえに失敗もしない選択。……失敗しないよね?朝一時間かけて迷ったけどこれなら大丈夫だよね?


と、こんな感じのチェックをここに来てすでに8回ほど繰り返している。

こういう時、制服のありがたさを実感する。自分で服を考えなくていいというのはこれほどまでに大きいことだったのか。


その分アピールポイントが減るからどっちもどっちなんだけど。


ひかるくん」


精神の安定のために何か違うことでも考えようとセーラーVSブレザーの制服戦争を脳内で勃発させようとしたところで、夏の暑さも吹き飛ばす鈴のような声が届く。


バッと声のした方へ顔を向けると、そこには見慣れた服装の月ちゃんが立っていた。


……見慣れた服装?


「おはよう、待たせちゃったね」

「お、おはよう。今来たとこだから大丈夫……」


付き合いたてのカップルみたいな会話を繰り広げながら、俺は月ちゃんの全身を見る。


寝癖でぼさぼさの黒髪。眠そうな瞳。半開きの口。


そして――万出高校の制服。


「あの……月ちゃん」

「どうしたの?」

「今日は学校じゃないよ?」

「知ってる」


馬鹿にされていると思ったのか、月ちゃんは頬を膨らませて分かりやすく不機嫌になる。


いや、割と本気で心配したんだけど……。


「間違えて着てきたわけじゃない。ちゃんと、理由がある」

「理由って?」

「……着ていく洋服が、なかった」


……なるほど。


「変なの着てくよりは、これの方がいいと思って……」

「そんな焦らなくても、俺もその気持ち分かるから大丈夫だよ。……とりあえず中入ろ?もう開店してるみたいだし」


俺が指さす方向へ月ちゃんも顔を向ける。

視線の先、先ほどまで喫茶店の扉にかけられていた看板は、さきほどまでは『CLOSED』だったが『OPEN』になっている。


とてもいいタイミングで開店してくれたようだ。


「……分かった」


月ちゃんは服の話を続ける気はないらしく、会話を切り上げて二人でカフェの中へ入っていく。


開店してすぐだからか、俺たち以外の客はいない。

どうやら俺たちが一番乗りのようだ。


カフェといえば、店員さんに案内されて席に着き注文を取ってもらうものと、自分で席を確保してからレジに注文しに行くものの2種類があるが、ここは後者になる。


店員さんの挨拶を聞きながら、お店の一番奥、壁際の席を確保。


ソファ側は月ちゃんにプレゼント。俺は向かいの木製の椅子へ休日用のバッグを置く。


「席も確保したことだし、注文しに……月ちゃん?」

「そっ、そうだね。早くケーキ……じゃなくて、注文しに行こう」


なんだかそわそわした様子の月ちゃんに声を掛け、二人で席を離れる。


……いつもの癖で確保したけど、俺たち以外に客いないなら意味ないなこれ。

そんな突っ込みは横に置いておいて、早速レジに向かう。


注文に来ると思って身構えた店員さんには悪いが、飲み物の前に食べ物だ。

レジ横に設置されたショーケースの中のサンドイッチやドーナツを物色する。


朝から甘いものはなぁ……サンドイッチでいいか。


「月ちゃんはなに食べる?」

「…………」

「あの……月ちゃん?」

「……はっ!な、なに?」

「いや、俺の声聞こえてた?」

「ケーキの声しか聞いてなかった」

「ごめんちょっと意味が分からない」


月ちゃんの目は、まるで欲しいおもちゃを見る子供のようにキラキラと輝いている。


というか、俺と話してる間もケーキの入ったショーケースを穴が開くほど見つめてるんですが……。


「ま、前も言ったけど、俺が誘ったんだし飲み物と、あとケーキくらいおごるよ?」

「……何個でも?」

「1個だけです」

「…………」


そんなあからさまに落胆しなくてもいいじゃないですか……バイトしてない高校生にそんな甲斐性求めないでください……。


「チーズ……ミルクレープ……モンブラン……ショコラ……」


恐らく自分でも気づかないうちにケーキの名前を口にするほど、彼女は真剣そのもの。

その表情は話しかけることを躊躇させ、店員さんすらごくりと生唾を飲み込むほどだ。


「…………うぅ……」


月ちゃんはミルクレープとショコラケーキの2つに獲物を定めたらしく、視線をその2つの間で行ったり来たりさせている。はい10往復目入りましたー。


知ってる?この後、飲み物も決めなきゃいけないんだぜ?


……客がいなくて本当に良かった。月ちゃんとこうして遊ぶ時はそこらへんも考慮するようにしよう。


「……決めた」


月ちゃんがショーケースに張り付いてから数分、ケーキの名前がもはや呪詛のように聞こえ始めたころ、彼女は待ちに待った言葉をようやく呟いた。


これでようやく次のステップに進める。


「なら次は飲み物決めちゃおう」

「……こういうところの飲み物は、サイズの言い方が日本語じゃないって聞いた」

「SMLも日本語じゃないからね?」

「アイスコーヒーのMサイズ」

「スルーか……」


月ちゃんの注文を聞いて、俺たちはようやくレジへ向かうことができた。

視線が合った店員さんに思わず苦笑される。うんまあ確かに精神的によく分からない疲労感はあるけど。


レジ前に立ち、メニューをざっと見渡す。

特に飲みたいものもないし俺もコーヒーでいいかな。


……Mサイズってことは、トールサイズのことでいいのかな?


「えっと、アイスコーヒーのトールを2つ。それから……ケーキはどうするの月ちゃん?」


悩みに悩んでなにを選んだのか、月ちゃんに声を掛けるも返事がない。

それも当然だ。月ちゃんはこっちを見ずにさきほどのケーキのショーケースをずっと凝視しているのだから。


「おーい、月ちゃーん」

「え、あ、な、なに?」

「完全に聞いてなかったね……。ケーキどうするの?」

「えっと、ミルクレープ……」


そう言いながらも、月ちゃんはもう一つの候補だったショコラケーキから視線を外せない。


……仕方ない。


困ったようにこちらを見る店員さんのためにも早く切り上げてしまおう。


「ミルクレープとショコラケーキを1つずつでお願いします」

「え……」


俺の注文に驚く月ちゃんをよそに、パパッと会計を終わらせる。


二人とも凝った飲み物を頼まなかったおかげで商品はすぐに出てくる。


コーヒー2つとケーキが2つ。1つのトレイで運ぶにはちょっとばかり恐怖が残る量だったのを気遣って、月ちゃんが飲み物だけ掴んで席に持って行ってくれる。


とてとてと早歩きで席に戻る月ちゃんを追って、転ばないよう気を付けながら俺も早足で歩いてテーブルにケーキの乗ったトレイをゆっくり置く。


「ひ、曜くん……」

「そんな顔しなくても、2つとも食べていいよ」

「ほほほほんとっ!?」


俺の行動の真意が読み取れずおろおろしていた月ちゃんへ、ケーキの皿を2つとも差し出す。すると彼女はさっきまでの表情が嘘のようにまばゆい笑顔を浮かべ、身を乗り出してきた。


い、いつもの眠たげな月ちゃんが嘘みたいな動きだ……。


「で、でもケーキは1個までって……」

「金額的に2個も3個もってのはね……。まあでも、ショコラケーキについては俺が一口だけ食べたかったから、みたいな?一口食べたら満足だから、残りは食べてくれると嬉しいな」

「とってつけたみたいな理由」

「とってつけたからね。ていうか、そのあたり分かってるからもうケーキに手を付け始めてるんだよね?」


俺が言い終わるよりも先に、月ちゃんはショコラケーキを包んでいた透明なフィルムをフォークで器用に剥がし始めていた。早い。そして無駄に綺麗な動き。


……ふむ、月ちゃんはフィルムについたクリームとかは舐め取らずにフォークで取るタイプか……月ちゃんのぺろぺろ姿をちょっと期待してたのに。


「あっ、一口いるんだよね」

「え?……ああ、うん。そうだね、そういやそういう建前だった」

「忘れるの早いと思う……」


とは言われても思いついたことを適当に垂れ流しただけの理由だ、記憶にたいして残らなくても無理はない。

今度から嘘つくにしてももうちょっと考えてからにしよう。


ケーキについては今『建前』って言っちゃったし、本気で1口食べたいと思ってたわけじゃないから、全部月ちゃんにあげよう。


そう思い、ケーキを切り分けている月ちゃんへ口を開こうとしたその時。


「あ、あーん……」


そう言いながら、彼女は一口大にカットしたショコラケーキをフォークに乗せこちらに差し出してきた。


……俺の思考が、一瞬完全停止する。


「え、あ、ちょ……え?」

「ど、動揺しすぎ」


そういう月ちゃんも顔が真っ赤……なんて反論すらできないほど、固まってしまう。


これはもしかしてあの……あれですか。伝説のあれですか。……え、あれですか!?


「る、月ちゃん……?これは……あれ、ですか?」

「あれが何を指すか知らないけど、だから……その……早くして。……あーん」

「あーん……」


月ちゃんの照れた声につられて、俺まで声を出してしまう。


ぷるぷる震えているフォークに狙いを定め、口を開く。

ショコラケーキを口の中に入れて味合うが……なんかもう、味とか分からないです。


……甘いことだけは、すぐ分かったけど。


「お、おいしい?」

「う、うん……甘くておいしいよ」


それだけ聞くと、月ちゃんはそのままケーキを食べ始める。

……月ちゃんも相当恥ずかしかったのだろうか。フォークを変えずに『そのまま』ケーキを食べてしまっていることに気付いていない様子だ。


「顔、赤いよ?」

「な、なんでもない。っていうか赤いっていったら月ちゃんもだよ。慣れないことするから……」

「だ、だって……あれくらいしか、できるお礼がないから……。それより、曜くんはああいうの慣れてるのに、どうして今だけそんな反応するの……」


慣れてる、と言われても別のあんなことしょっちゅうやってるわけじゃ……いや、やってるな俺。クラスで食べ物もらう時とかしょっちゅうやってる。……男子にも女子にもだけど。


まあでも、好きな子にしてもらうのと普通の友達にしてもらうのは全く違うものだ。


こういうのは有名人にもらうサインと同じようなものだろう。

手元に残るのは紙とインクだけ。でも、誰に書いてもらったかで価値は大きく変わる。


俺にとって月ちゃんはテレビで見る有名人以上に大きい存在だ。そんな人にあーんをしてもらえた今の俺の心境をできることなら月ちゃんに語りたい……!


「拳を握りしめて、どうしたの」

「ジレンマを感じてただけだよ……。ところでさ、ずっと気になってたんだけど」

「?」

「月ちゃんって、学校じゃいつも寝てるんだよね?……なのに、俺の学校生活をやけに知ってるように思えるんだけど」

「っ、そ、それは……」


俺の質問に、月ちゃんはくわえたフォークをもにゅもにゅさせるだけで答えてくれない。

顔はさっきと同じくらいに赤い。


ちなみに付け加えれば、月ちゃんが今もにゅもにゅしているフォークがさっき俺にあーんしてくれたフォークだと知っている俺の顔も多分同じかそれ以上に赤い。


「と、友達から聞いた……」

「友達作らないんじゃないの?」

「……そういうことわりから外れた友達だから、大丈夫」

ことわりから外れた友達って何!?それ本当に人間!?」

「大丈夫。ちょっと人には見えないだけで、たくさんいる」

「たくさんいるの!?」

「1人いたら、30人はいると思った方がいい」

「それ違うの連想しちゃうんだけど!!っていうか嘘だよねそれ!?」

「嘘じゃないもん、30人いたもん……」

「そんな某隣にいるアレみたいな言い方されても!」


た、確かにことわりからは外れてそうだし、普通の人には見えないけど……。

っていうことは、アレって1体いたら30体はいるって考えた方がいいの?それもう隣どころの騒ぎじゃなくない?


「そこまでして言いたくないなら、言わなくて大丈夫だよ?ちょっと気になったってだけで、嘘つかせるほどのものじゃないし……」

「…………」


やはり月ちゃんは何も答えなかった。


一体彼女が何を隠しているのか、どんな理由で話したくなかったのかは分からないままだ。それが気にならないと言えば嘘になるが、いつか分かる日が来るような気がしたので追及はしないことにする。


気分を変えるために、コーヒーを口に飲む。

ガムシロップもミルクも入れていないコーヒーの苦味が、頭の中身をいい感じにリフレッシュしてくれる。


「曜くんは好きな子をどうしたいの?」

「ぶふぉっ!?」


……せっかくリフレッシュしたというのに、とんでもない爆弾を投げつけられた。


思わずむせてしまい言葉を発せない俺を少しばかり気遣いながらも、月ちゃんはさらに言葉を続けてくる。


「……ただの気のせいかもしれないけど、曜くんは自分と他人の間に、大きな壁を作ってる気がする。それを良いとも悪いとも言わないけど……そんな曜くんが、好きな人をどうしたいのか……好きな人と、どうなりたいのか気になる」

「あ、ああ……そういう意図での質問ね……」


フォークを皿の上に置き、月ちゃんはゆっくりとそう口にした。


俺から一度も目を逸らさずにわざわざそうして話しきったのは、それがただの雑談で終わらないと思っているからだろうか。


ならそれは勘違いだ。だって、前提条件からして間違っているのだから。


「自分と他人との間に壁なんてないよ」

「……そう考えてるの?さっきもだけど、曜くんはすぐ一歩引くように見えたから、他人に近づきすぎないようにしてるのかと思ってた……」

「それは間違いじゃないよ。まあ壁がどうとかじゃなくて、単純に俺が遠慮がちな人間だからってだけ」

「それは、壁を作ってるのとは違うの?」

「んー……。『壁を作ってる』ってのはさ、逆に言えば壁さえなければ人と通じ合えると思ってるってこと……壁があろうと、溝があろうと、そこに道はあると思ってることだよね?」

「うん」

「なら、そこからもう考え方が違うかな。俺たちはそれぞれが違う生き物なんだから、分かり合える日なんて来るわけがない。俺と俺以外の人間以外に、道なんてそもそも存在しないのさ」


一呼吸入れるために、コーヒーを啜る。

雑談をする際に飲み物があるってのは良い。あんまり長話してると喉が渇いちゃうからね。


喉も潤ったところで、話を再開――しようとしたのだが。


俺の話を聞いていた月ちゃんが何かを言いたげな顔をしている、だが、口を開けては閉じてを繰り返して言葉が発せられることはない。


「何か言いたいことがあるなら、遠慮しなくていいよ?」


月ちゃんはふるふると首を横に振るだけで、なにも言わなかった。けれど、その目は明らかに俺になにかを伝えようとしている。


「……私は、これを言っちゃいけないから」

「月ちゃんが言っちゃいけないこと……スリーサイズとか?」

「この場面で、ふざけないで」

「ご、ごめん……」


すごい大真面目に言ったことだとばれたら余計怒られそうだし黙ってよう……。


「そ、それはともかくさ、言ってもらえないと気になるんだよ」

「でも……」

「じゃあ、それ言うかスリーサイズ言うかどっちかで」

「……っ」


選択肢を聞いた途端、月ちゃんは俺に鋭い視線を向けてきた。


そこまでして言いたくないことなの?ちょっと怖くなってきたんだけど。


「分かった」

「スリーサイズ?」

「違う方」


そっか……スリーサイズは聞けないのか……。


落胆を必死に隠し、月ちゃんが話し始めるのを待つ。


月ちゃんも俺と同じようにコーヒーで喉を潤してから、俺に問いかけた。


「寂しく、ないの?」

「……え?」

「わ、私も、一人がいいと思ってた人間だから、こんなこと聞いちゃいけないのかもしれないけど……誰とも分かり合えないだなんて、そう考えて生きていくのは、寂しくないの?」

「大丈夫だよ」


迷いなく、俺はそう答えた。


安心させるにはあまりにも安っぽい言葉。俺はそんな一言に、誠意を込めて彼女に届ける。


「人と人は分かり合えない。……でも、分かり合えない俺たちは、今こうしてテーブルを挟んで仲良くおしゃべりしてる」

「……曜くん?」

「最初の質問の答え。俺は、好きな人とただこうしておしゃべりがしていたい」


今もまだ心配そうにこちらを見る月ちゃんへ、俺は優しく微笑みかける。

その心配が杞憂だと、そう伝えるために。


「相手がどう思ってるのか完璧に理解するなんてのは、俺たちがテレパシーでも使えるようにならない限り無理だ。だから俺たちは、言葉を使って思ったことを声や文字にして相手に伝える」

「言葉を交わしたって、分かり合えないことだって……」

「それでいいんだよ。俺たちはどうやったって相手のことは分かり合えない。それでも、言葉を交わしていけば、たとえ全てじゃなくたって相手を少しは理解できる。……それを楽しむのが、おしゃべりなんだよ」


分かり合えたと思って、まったく見当違いだなんてこともあるだろう。理解できたと考えて、すれ違うことだってあるはずだ。


それでもまた知りたいと思える。

そんな相手と俺は、ずっと一緒にいたい。


月ちゃんと、こうしておしゃべりをしていたい。


「恋愛的な意味じゃなく、友達的な意味で好きな人とも、俺はおしゃべりするの好きだよ。だからこの考え方で寂しいと思ったことはない」

「……ごめん」

「な、なんでここで謝罪……?」

「……勝手に決めつけて、勝手に曜くんのこと憐れんだ。私はそれが嫌だったのに、曜くんに同じことをした。だから、ごめん」


月ちゃんと出会ってばかりのころを思い出す。

彼女は寝るのが好きで、一人でいることをかわいそうと思われていた。


そんな偏見で見られていたのに、俺に同じことを考えてしまったことが申し訳ないのだろう。


本当に、真面目というか真っ直ぐというか。


「気にしないで。月ちゃんに憐れまれて下に見られるの嫌いじゃないし」

「そんなフォローされても、困る」

「俺もこんなフォローするの大変だから、フォローしなくていいようにもう気にしないでね?」

「……うん、分かった」


月ちゃんは俺の不器用な気遣いに気付いてくれたらしい。すんなりと俺の主張を聞き入れ、さっきの話は流れていった。


言葉なしで相手の気持ちを察することができるこういう瞬間も、結構好きだ。まあただの想像でしかないから間違ってることもしょっちゅうあるけど、それもコミュニケーションの醍醐味だろう。


話が一段落したところで、月ちゃんは再度ケーキを食べ始めた。

一口食べるたびに、彼女の口元が緩む。俺まで甘い気分になるようだ。


「モンブランも、一口いる?」

「んー。そうだね。もらってもいい?是非あーんで」


朝からケーキは……と思っていたが、月ちゃんの食べっぷりを見ていると少し食欲がわいてきた。

それにこういうところのケーキって俺一人じゃ買うことないから、もらえるのなら是非もらっておきたい。


そしてなにより、あーんもしてもらえるしね!


「……もう」


月ちゃんは困ったように笑いながら、俺へのあーん用にトレイに置いてあるもう一つのフォークを手に取った。


……そして、『もう一つのフォーク』がそこにある意味を、今更ながらに悟ってしまった。


もともと使っていたフォークを見る。次に俺を見て、再度フォークに視線を戻した。


「ふぇっ、あっ、さ、さっき……」

「大丈夫、月ちゃんはなにも見てないし気づいてない。ほら、たんとお食べ」

「た、食べ、さして、そのまま私も……あ、あああ……」


俺の言葉は届かず、月ちゃんが一人で暴走し始めてしまった。


その暴走も、一人で完結している分にはすぐに収まったのだろうが……。


「と、とにきゃっ、とにかくこれっ!」

「ちょっ、月ちゃんそのフォーぐっ!!」


テンパった月ちゃんは、それでも律儀に約束を守ろうとしたらしく、俺にモンブランを一口差し出してきて、ほぼ無理矢理口の中に突っ込んできた。

……今まで使ってたフォークを使って、である。


「あっ、ま、間違え……う、うぅ……」

「睨まれても困るよ……」


こういう時、人はどんどんドツボにハマるものだ。


顔を真っ赤にしながら月ちゃんはさらに暴走し……なにを思ったのかまたそのフォークでモンブランを一口、今度は月ちゃん自身の口へ運んだ。


……わざとやっているんだろうか。そう思えるくらいの暴走っぷりである。


「も、もうケーキあげない……!」

「う、うん……もう充分……」


もはや涙目になっている月ちゃんは、俺のことをひとしきり理不尽ににらんだ後、なぜかフォークを両手に構えて両方を使いながらケーキを口に運ぶ。


ものの数秒でケーキを食べ終わり、甘いものを食べて冷静さを取り戻した月ちゃんは満足そうに微笑んでいる。


月ちゃんはフォークを両手に置き、さてコーヒーを飲もうかとしたところで再度何かに気付いたように俺とフォークを交互に見る。


そして、


「……フォーク、片方だけ使えばよかった」


最初に使っていたフォークと俺を見る月ちゃんは、またまた顔を真っ赤にしている。


夏休みに入って最初の月曜日。

……今日の月ちゃんは、わりとポンコツ気味だった。

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