14週目 長所

ひかるくんは、どんな子が好きなの?」

「えっ!?」


7月に入ったばかりの月曜の朝、俺はるなちゃんからとんでもない質問をぶつけられた。


えっ?えっ??

なに?先週に引き続き全部バレてるの?

それともただの雑談?


「え、ああ……そうだねぇ……」


どちらか判別がつかないため、冷静を装って回答しようとする。

だが、どうにもいい答えが出ない。焦りや緊張もあるが……フラットな状態のときに聞かれても答えは浮かばないだろう。


なにせ、


「……うーん……どんな子どんな子……」

「そんなに、悩むことなの?」

「まあね……」


俺の好きな子、つまりは月ちゃんはいったいどんな子と言えばいいのか分からないからだ。


目の前で箒を若干そわそわ動かするなちゃんを凝視しながら、悩みに悩んで思いついた答えを口にする。


「……笑顔が可愛い子、かな」


月ちゃんをどんな子にカテゴライズすればいいのか分からないので、俺が惚れた理由をそのまま伝える。


我ながらこれはかなり良いチョイスじゃなかろうか。月ちゃんと特定させることなく、俺の好きな点を伝えられたのだから、かなりナイスプレーだろう。


「笑顔……?」

「そう笑顔。笑顔が可愛い子は好きだよ」


月ちゃんを好きな理由とは正確には少し違うんだけど、そのあたりは俺の話になってしまうから割愛していいだろう。


俺がそう結論付けていると、俺の答えを聞いた月ちゃんがなぜか焦り始めた。


どうしてここで焦るのか、その行動の意味がよく分からない。


推測するとしたら……

『うわ私あてはまっちゃうよこんな奴にロックオンされるとかマジ無理焦る』とかだろうかいや違うな違ってくれお願いします。


「月ちゃんどうしたのなにを焦ってるの?」


焦りの理由を聞く俺の声が焦っていた。

落ち着け俺。ネガティブになりすぎるな俺。


「べ、別に焦ってない。私は笑顔が得意じゃないけど、そんなことで焦ってない」

「いやいや、月ちゃんの笑顔は最高だよ?」

「え?」

「え?」


……どうにもお互いの認識がずれている気がする。

いやまあ違う人間なんだから、認識の一つや二つや十や二十ずれていてもおかしくはないだろうけど……会話そのものがずれているのはコミュニケーションを楽しんでいる青少年として放ってはおけない。


「えっと、月ちゃんの笑顔を俺は天使レベルで素敵だと思ってるんだけど……月ちゃんとしては?」

「私は笑顔が得意じゃない。上手く表情を作れない」

「……ああ、なるほど。笑顔自体は自信あるけど作るのは苦手ってことか」


俺の言葉を強く否定するように、月ちゃんはぶんぶんと首を振った。


「作るのも苦手。作れたとしても、笑顔自体に自信がない」

「そ、そうなんだ……」


つまり、俺に向けてくれたあの微笑みの数々はすべて無意識のうちだっということか……それはそれですごい気がする。俺があの笑顔に何度ハートを掴まれたと思ってるんだろうか。むしろ掴まれすぎて握りつぶされたと言っても過言ではない。


月ちゃんは、指を口元に当て、口角をむにーっと上げている。どうも本当に自分の笑顔というものに自信がないようだ。


そうやって一生懸命笑顔を作ろうとしている姿も、俺の生暖かい視線に気付いて顔を背ける仕草も、それでも視線を逸らさない俺に箒を構える姿もなにもかもが可愛いのに、こうして改めて見ると月ちゃんは自分にあまり自信が無いように見える。


……そういえば、お姉ちゃんがすごいって前に言ってたな。月ちゃんからすれば『完璧』だとも言っていた。

そんな姉がいれば自分に自信がなくなるのも仕方ない……のだろうか。

一人っ子の俺にはそこらへんは想像するしかできない。


「俺にとっては月ちゃんの笑顔は最高なんだけどねぇ……そこらへん人によってとか、主観客観で変わってくるものなのかな」

「……さらっとすごいこと言わないで」


考えてることを無意識に垂れ流したら、さっき以上に顔を赤くした月ちゃんに怒られてしまった。

そんなに変なことを言った気はしないんだけど。


「別に、私の笑顔は最高なんかじゃない。『最高』なんて褒め言葉はお姉ちゃんに使うべき」

「俺にとっては月ちゃんが最高なんだよ。……っていうかお姉さんに会ったことないし。まあ月ちゃんが自分の笑顔に自信がないっていうなら、それは月ちゃんの認識の話だし否定したりしないけどさ。自分の長所って意外と本人が一番分かってないものなんだね」


俺の好きな人の、とても素晴らしいところ。『笑顔が可愛い』

恐らくは俺の恋補正がなくたって可愛いだろうに、月ちゃんにとってはお姉さんに劣るものと感じているらしい。


そこまで言われるとお姉さんに会ってみたい気もするが、そこはそれ。会うとまた何かややこしいことが起こりそうなので、あまり望まないようにしよう。


「……曜くんだって、自分の良いところに気づいてない」

「俺の?特にすごいところなんてないと思うけど」


特筆して優れている点もなく、かといって特徴と言えるほど劣っている点もない。

努力のおかげで運動とか勉強の基礎能力値の平均は上がった気もするけど、せいぜい『気がする』程度。


まだまだ目標には届かない。


「曜くんは、自分に対してのハードルが高すぎる」

「そんな自分に厳しいストイックな人間じゃないよ」

「…………」


不満げに頬を膨らませる月ちゃんが、俺に何を伝えようとしているかが分からない。


月ちゃんが俺のことを過大評価してくれていることだけは分かったけど、それは俺にとっては『間違い』だ。俺はそんなにすごい人間じゃない。


俺は好きな子を振り向かせるためにがむしゃらに走っているだけの、どこにでもいるただの高校生だ。


「曜くん、運動は苦手?」

「ずば抜けてじゃないけど運動はできる方だと思うよ」

「勉強は?」

「最近はかなりいい感じ」

「人間関係は?」

「話が通じない人間を含めなければ円満だよ。通じない相手とはあえて距離を取ることでいい関係を保ってる」

「……外見に気を配ってる?」

「それはもちろん」


俺に連続で質問を投げかけたかと思えば、月ちゃんは箒を止めて見せつけるようにため息をついた。


「品行方正、文武両道、見た目も良くて、人当たりもいい」

「?」

「これが、今の曜くん」

「そ、そうなのかな……」


自覚はない。というか言われたところで正直そんなに納得もできない。


品行方正というほど真面目ではないし、文も武もできてるとは思えない。

見た目と人当たりは……自分で言うのもなんだが、これについては良いと自負しているから問題ないかな。


とにかく、俺はそんなすごいやつじゃない。

と、俺は思っているのだが月ちゃんはそうではないようだ。


人の印象なんて受け取る人間次第で変わるとは思うけど、こうも過大評価されてしまうと居心地が悪い。

好きな人に高評価をもらえるのは嬉しいが、高く評価されればされるほど実際の俺を知られたときの落差がひどいのだ。


「でも、俺は――」

「でも、じゃない。曜くんはすごい」

「けれどしかし――」

「言葉選びの問題じゃない」


逆説の言葉をせっかく変更したのに、続く言葉を口にする前に遮られてしまった。

むう、『だが』にした方が良かったんだろうか。


「曜くんにはいいところがたくさんある。それは、さっき言ったこと以外にもある」

「……俺はそんな」

「すごい人だよ。だって曜くんは……光と闇を抱えてる」

「そこに行き着くの!?」


一体何を言い出すのかと構えてみれば、だいぶ前に話したことに逆戻りしていた!

その設定いつまで続くんだ、俺には光も闇もないよ。


「あの程度で光と闇になるなら、割とたくさんいると思うよ?今更こんなこと言うのもなんだけど、大体の人は明るい面と暗い面なんて持ってるんじゃないかな」

「……私と曜くんの考える『明るい』とか『光』は確かに同じようなものだと思う。だけど、『暗い』とか『闇』の方はちょっと違う」

「どんな風に?」

「曜くんの言う『暗い』は考え方の方向性のこと。暗い感情……恨みとか妬みとか、あるいは殺意とか。他には考え方がネガティブなことも入ると思う」


それはまさに、俺の考えている通りの『暗い』の定義だった。

なら、彼女の言う『暗い』はどんな定義になるんだろうか。


「私の言う『暗い』……面倒だからこれからは私の方は『闇』っていうね」

「うん」

「『闇』は異質や異常な考え方のこと。方向性じゃなくて、人生において大切な物事の価値観とかが世間一般そもそも違う。だから普通の人と分かり合えない」

「つまり、俺の考え方は異常ってこと?」

「……そんなに暗い顔をしないで」


気付けば、月ちゃんが近くに来て俺の顔を覗き込んでいた。反射的に上半身を仰け反らせてしまう。


「驚きすぎ」

「そりゃ女の子の顔があんなに近くに来たら驚くよ……」


ただの女の子じゃなくて可愛くて素敵で魅力的で今まさに俺が絶賛片思い中の女の子だし、という長すぎる補足は心の中にしまっておこう。


「話を戻すけど」

「……俺の考え方が、異常って話?」

「それは違う。普通とは違うだけ」


あまりにも強い断言に少し面食らってしまう。

そんな俺を知ってか知らずか、月ちゃんはそのまま続けた。


「『闇』を抱えたまま『光』側の人間の考え方をするようになった。そういう人は何人もいるんだと思う」

「……まあ『光』側の人間の方が多ければ、感化される可能性は高いからね」

「曜くんのすごいところは、普通の考え方をして普通の人として過ごしてるのに、それでも『闇』側の考えを理解して受け入れるところ」

「……?」

「小学校にも中学校にも、『闇』側の人間はいた。でも、周囲に迎合して考え方を変えていくうちに、『闇』を否定するようになった。まるで、昔の自分を否定することで、今の自分を肯定するみたいに」

「…………??」

「でも曜くんは違う。『光』側の人間として過ごして、今もクラスで人気者なのに、私の……『闇』としての、考え方を否定しないでくれる。だからすごい」

「………………???」

「……曜くん。途中からずっと変な顔してるけど、なにかおかしなところあった?」


相槌すら打たず、首を傾げているだけだった俺をさすがに不審に思ったのか再度俺のことを覗き込んできた。

……さっきよりも少し距離が開いている。それが少し残念だ。


月ちゃんの上目遣いに心が完全に奪われる前に、問いかけに応える


「最初の方……『闇』の定義については理解できたし、確かに俺がそういうのを持ってるってのも分かるんだ。……でも、最後のだけがよく分からなくて」

「最後の?」

「俺が『闇』の考え方を受け入れるのがすごいってとこ」

「受け入れたわけじゃ、ないの?理解してくれてるんじゃ……」


まるで信じていた何かに裏切られたかのように、手を震わせる月ちゃん。そんな彼女を安心させるために俺は慌てて訂正する。


「もちろん月ちゃんの考えてることを拒絶してるってわけじゃないよ。近い考え方なら共感するし、ちょっと違ってても『そういう考え方』もあるんだって受け入れてる」

「……良かった。でも、それなら何が分からないの?」

「いやだから、それって普通のことじゃないの?」

「……?」


今度は月ちゃんが首を傾げる番だ。

でも、ここで彼女が疑問に思うのはなぜなのだろうか。


またいつものように俺の言葉足らずが原因かと考え、俺はさらに言葉を継ぎ足していく。


「いやだってさ、『光』とか『闇』とか極端な違いでなくても、人の考え方なんてどうしたって人によって違ってくるじゃん?それを『自分と違うから』なんて全否定してたら、自分以外の人間すべてを否定することになるでしょ」

「…………」

「だから、たとえ自分と違う考え方だろうと、受け入れるのが当然だと思うんだ。あ、受け入れた後にその考え方を取り入れるかどうかは、当然別問題だよ?その人にはその人の考え方があるんだから、受け入れた後に『自分はこう考える』って主張するのは大いにありだと思う」

「…………」

「そう思ってるから、月ちゃんがその理由で俺を評価するのは違うって俺は思ってるんだけど……その顔を見るにまた何か言いたそうだね、月ちゃん」


追加説明をすればするほど、月ちゃんの顔が『ぽかーん』となっていった。

一応説明だけは全部しておこうと思ったけど、あの顔を見る限り説明が伝わったかは微妙だな。


「……………………」


俺が話を振っても、数秒月ちゃんは放心したように俺を見ていた。

ようやく再起動したかと思えば……今度はなぜか、俺を優しい目で見始める。


「やっぱり、曜くんはおかしい」

「……どの辺が?」

「その考え方ができるところが。普通、そんなふうに割り切れない。他人に自分と同じものを求めちゃう」

「手に入らないものを求めたところで意味なんてないのに、それでも求めるの?」

「うん、そうだよ。……曜くんの話を聞いた後だと、自分がすごく小さく思えちゃう」

「そ、そんな大層な話はしてないよ」


いやいやと顔の前で手を動かす俺。そんな俺を見て、月ちゃんは温かい微笑みを向けてきた。


「私、曜くんのすごいところ少し勘違いしてた。『光』とか『闇』とか、それもすごいところだけど……一番すごいところは、もっと別にあるんだね」

「俺には全然わからないんだけど……」

「そういうところが、すごいんだよ」


全て悟ったような発言だけを残し、月ちゃんはせっせと箒を動かし始めてしまった。


……結局、月ちゃんは俺に何を評価してくれたんだろうか。


俺の今後の対応のためにも、ぜひとも月ちゃんに教えてもらいたかったのだが……月ちゃんが俺にそれを説明してくれることはなかった。

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