12週目 決意

月曜日の朝、昨日から止まない雨を背景にいつものように俺たちは掃除をしていた。


今日はるなちゃんが遅刻することもなく、月ちゃんがストレートヘアーの天使というわけでもなく普通の……いや月ちゃんは毎日天使だった。


まあそんな感じで、今日は数週間ぶりにただの雑談に興じているのだった。

これはいい機会だと、俺はずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。

珍しく、月ちゃんのことではなく俺自身のことについて。


「そういえばさ、俺ってモテてるの?」


自分でも何を言っているんだとも思うし、ごみを見るような目で見られている気もするが、そこはそっと流しておこう。


……なんだが分からないが、最近男友達からやけに『お前はモテる』と言われるのだ。俺としてはそんなことはないと思うのだが、さすがに他クラスの男子にまでそう言われてしまえば勘違いの一言で済ますわけにもいかない。


だからこその質問だ。ここで月ちゃんに馬鹿にされれば俺がモテてるというのは周りの周りの勘違いだったということになるし、モテてると言われれば男としての魅力が上がっているということだ。


さあどちらで来る、と構えてみるが……月ちゃんは返事をしないどころか、箒も止めてフリーズしてしまっていた。


……質問が突飛すぎたかな?確かに俺も月ちゃんに『私ってモテてるの?』と聞かれれば反応に困る。俺の中では天使だよとしか返せない。


「あ、こんな質問したのはね、実は周りのやつらが俺のことモテ男だとか言ってて――」

「モテてたら、どうするの?」

「どうするって……」


フリーズから解放された月ちゃんは、俺の言葉を遮り質問を返してきた。質問に質問で返しちゃいけません、などと細かい言うつもりもないのでここは素直に返しておく。


「別にどうもしないけど……ただの確認というか」


こんなことを言えばいろんな人に叩かれそうだが、俺はモテようがモテまいがどうでもいいのだ。ただ一人、目の前にいる女の子さえ俺を見てくれればそれでいい。


ただそれだけの意味の発言で、本当に深い意味はない質問だったのだが、俺のことをじっと見つめる月ちゃんはなにかを考え込むように唸り始めてしまった。


「あの……月ちゃん?」

「例えば」


ぴたっと動きを止めて質問をされると、そのプレッシャーに少し圧されてしまう。……どうやら掃除は後回しになりそうだ。


「例えば、私の回答でひかるくんが自分がモテていると知ったと仮定して」

「仮定して?」

「調子に乗った曜くんの趣味が、ゲームから女遊びに変わる可能性があると思う」

「ないけど!?月ちゃんの中で俺ってまだチャラ男キャラなの!?」


明るいキャラで女子との会話も多く、さらに月ちゃんに対しては可愛い可愛い言いまくっていたせいで、入学当初に月ちゃんにチャラいと思われてしまっていたのだが……それ一ヶ月以上前の話だよね!まだそう思われてたことにショックを隠し切れないよ!!


くっ、週に一回しか話せないから、なかなか印象を変えられていないのか……。


頭を抱える俺を問い詰めるように、いつもより早口に月ちゃんは言葉を投げかけてきた。

その顔はさっきよりも真剣になっていて、懸命さが伝わってくる。いったい何がそこまで彼女を駆り立てるのだろうか。


「絶対にないって言い切れる?自分になにもしてくれない子よりも、自分に好意を直接伝えてくれる子の方が、曜くんにとっては好ましいんじゃない?」

「いや別に?」


回答が端的なのは、それが俺の間違いない本音だったからだ。

だがさすがに短くしすぎたかと思い、俺は説明を付け加えた。


「好きじゃない子に好きになられても迷惑、っていうと語弊があるけど……好きになるように努力してくれるとかならともかく、好意だけをぶつけられても困る」


単純な答え。発言の内容をもう一度見てみればとても傲慢な嫌な奴だが、本音なのだから仕方ない。

これでさっきの仮定の話が間違っていることは分かってもらえただろうか。


いつまで待っても返ってこない返事。静寂に耐え切れずに月ちゃんに声を掛けると、彼女は俯き俺に背中を向けてしまった。


「……なら、曜くんは、好きな子以外からの好意はいらない?」

「うーん……どうだろう。さっきの迷惑うんぬんっていうのはちょっと極端な例えで……そう、それこそ急に告白されたときとか、付き合ってるわけでもないのに独占欲全開されたときみたいなものだから。普通のものであれば俺も嬉しいよ。応えることはできないけど」

「独占欲の強い子は嫌い?」

「独占欲を自制出来ない子は苦手かな」


嫌い、というほどでもないがそういう子はあまり好かない。苦手、という単語くらいがちょうどいいだろう。


俺の答えを聞いて月ちゃんがどんな事思っているのか、背中を向けられて顔が見えないせいで細かいところは分からない。だが、なんとなくその背中が弱々しく見える。


……ああ、そうか。箒が震えているんだ。

それはつまり、それを持っている手が震えているということ。それを視界の端で捉えていたからこそ、弱々しいという感想を持ったんだ。


「……月ちゃん?」


その小さな背中に声を掛ける。返事がない、ただの天使のようだ。


冗談を言っている場合じゃなかった。

どうして震えているのか、寒いのか、それ以外の理由があるのか。どんな理由にしろ、その震えを止める手助けをしたいと思う。


「曜くんは、普通なのに普通じゃないから、大切なところが分からない」

「……?それって、この前言ってたあの……ひ、光と闇がどうのってやつ?」


こくり、そう小さく頷いたのが後ろからでも分かった。でもそれを肯定されたからと言って意味が分かるわけでもない。


「普通の人なら、感情はまっすぐ。でも、曜くんは普通とは違うから、私への言葉や態度を、そうだと信じていいのか分からない。……信じたいけど、信じられない。だから今も、その言葉をどう受け止めればいいのか、分からない」

「ごめん、意味がよく分からないんだけど……」


月ちゃんの言葉の意味が、まるで伝わってこない。……なにか俺と月ちゃんの大切な話をされている気がするけど、抽象的過ぎて何を言いたいのかが分からない。


分からない……けれど、俺のせいで俺のことを信じられないと言われているのだけは分かった。


「月ちゃんが俺をどんな風に見てるのかよく分からないけど、俺は普通の人間だよ。好きなものは好きって言うし、嫌いなものは嫌いって……まあ言葉に出すことは少ないけど、それっぽい行動はする。だから多分、月ちゃんへの言葉や態度については、普通に受け取ったままの感想でいいと思うよ」


確かに俺は少しずれている。自分では自覚はないが、周りから見たら感性が異なっているようだ。


でも、考え方や感受性が世間一般と違っていようとも、表現方法自体はまっすぐだ。

好きなものには楽しそうな反応をする、嫌なものには不快な反応をする。


それが普通かどうかはもう俺には分からないけど、そこは捻くれていたりはしない。まっすぐ素直に言動に出しているはず。


「……じゃあ、好きみたいな行動をしてるのに、好きとも嫌いとも言わないものは?」

「なんかやけに具体的な質問だね……。少なからず、周りから見て好きだって思われるような行動をしてるなら、俺はそれが好きなんだと思うよ?言ってないのは単純に言う機会がないからじゃないかな。ああでも、そんな疑問を持つってことは……」

「てことは?」


自分の行動、性格を分析して考える。

そう、俺がそんな反応をするとしたら、おそらくそれは――


「大好きすぎて好きって言うのが恥ずかしいレベルのものは、あんまり好きって言わないかも」


一番好きな食べ物とか、一番好きな漫画とか、あるいは一番好きな人のこととか。


恥ずかしいとか話し始めると止まらないから言わないだとか、いろいろと理由はあるけど、まあ俺の場合はそういう可能性もある。


当然と言えば当然だけど、月ちゃんに対して『月ちゃんが好き』と言ったこともない。もうそれストレートな告白だからね。


……なら、もしかして月ちゃんが今まで話してたことって、俺の月ちゃんへの好意についてだったりするのか。それなら今までの発言とか納得がいく。


ま、そんなことないだろう。俺の都合のいい妄想だ。


……妄想のはずだ。月ちゃんは俺のことが理解不能すぎてあんな質問をしたんだろう。そう、そのはず。現実はそう甘くないはずだ。


だから。


「……っ!」


月ちゃんが真っ赤な顔でこちらを見つめているのは、きっと全く別の理由なんだろう。


「曜くんは、そういうの、わざと言ってるの?」

「言ってないよ、言ってないけどごめんね。なんか少しキレてるよね?」

「キレてない。まだ」

「これからキレるのか……」


眉間にしわを寄せながら、怒ってるんだか恥ずかしがってるんだか分からない表情で睨まれてしまう。


――もう、そういうことだと思っていいんじゃないか。


頭の中にそんな声が響いた。言葉が緩やかに心に染み込んでいく。

傾いていく理性を殴りつけ、現実を直視させる。具体的な方法としては頬を思いっきりつねって意識を引き戻した。


そんな都合がいいことが起こるわけがない。

まともに女性経験がないから、それっぽい反応をされただけで勘違いしてしまっているんだ。惑わされるな俺!!


「……質問に戻るけど、モテてると思うよ」

「え、あ、そうなんだ」


俺が脳内で声にあらがっていると、月ちゃんが突然話を最初に戻した。


そ、そうか、俺モテてるのか。そうか……。


「頬が、緩んでる」

「えっ!?べ、別に緩んでないよ!?改めて言われるとちょっと意識しちゃうなとか思ってないよ!!」

「そんなこと、思ってたんだ。やっぱり、趣味女遊びに……」

「な、ならないから!オレ、オンナデ、アソバナイ!」


動揺のあまりカタコトになった俺に注がれる月ちゃんからの疑惑の視線。


本当なんだからねっ!別に調子に乗ったりしないんだからね!!

多分!きっと。おそらく……。


「……冗談。信じてるから」


月ちゃんの目が、ジト目から優しい目に変わる。

もとから女遊びなんてするつもりはなかったが、信頼されてしまうとより一層気が引き締まる。


「うん、信じて」


その信頼を裏切るわけにはいかない。そもそも今の俺に遊ぶ余裕なんてないのだ。


月ちゃんを惚れさせる。相思相愛になってイチャイチャする。

その目標に向かって走り続けることだけで、今の俺はいっぱいいっぱいだ。


……そうか、それだけでいいんだ。


そこに向かって頑張って、勘違いなんて思えなくなるほど月ちゃんを俺にメロメロにしてしまえばいいんだ!!そうすればさっきみたいに悶々することもない。存分に好意を受け取って喜べる!!


「女遊びなんてしないし、調子にも乗らない。むしろもっとモテモテになるくらいかっこよくなって見せる!!それまで待っててね!!」


びしっと指さし、ウインクもおまけで追加する。

言った後で、月ちゃんには意味の分からないことを言ってしまったと少し後悔したが……月ちゃんは全部察しているかのように微笑みながら返してくれた。


「分かった、待ってる」


ただ俺に合わせてくれたのか、それとも俺の気持ちを実はすべて知っているのか。


分からない、分からないから分かるくらいベタ惚れさせる!そうすればなにもかも解決だ!


だから、とりあえず。


「と、ところで月ちゃんって、す、好き、好きなタイプって……」

「?」

「い、いやなんでもない!」


この踏み出せない一歩を踏み出すところから頑張ろう。


……来週から、頑張ろう。

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