6週目 ジェラシー

「…………おはよう」

「お、おはようるなちゃん……」


テストがある週の月曜日。今週は月ちゃんより少し早く着いたので、俺は先に掃除を始めていた。

机や椅子をすべて後ろに下げる作業をしている途中に月ちゃんが来たのでいつもの通りに挨拶をしようとしたのだが……。


「あの、月ちゃん?」

「……なに」

「もしかして機嫌悪い?お、俺なにかした?」


いつも眠そうに半分閉じている月ちゃんの瞳。今日も開きぐらいは同じだが、なんというか、睨みつけられている気がする。

なにかしてしまったのなら謝らねばと早速そこに切り込んでみると、月ちゃんは首を縦に振った。


「別に、ひかるくんになにかされたわけじゃない。ただ……」

「ただ?」

「勉強のせいで眠れてないだけ」


そういって教室に入ってくる月ちゃんは……依然俺のことを睨みつけている。

え、俺が何かしたわけじゃないんだよね?ものすごい睨まれてるんですけど。すごく因縁付けられてる感じするんですけど!


月ちゃんは荷物を置いて机移動を手伝ってくれる。

その姿勢はいつも通りだが、動きが鈍いというか気だるげというか……本当にテスト勉強だけでここまでになるものだろうか。


「眠れないって……どれくらい?俺も確かに少し寝る時間削ってはいるけど、それでもそんなには……」

「毎日30分も削った……!!」


鬼気迫る顔をした月ちゃんがどしどしと足音をたてながらこちらに近づいてくる。かつてないほどパワフルだけど、パワー使うとこ間違ってないかな。


迫力におされ、俺は一歩また一歩と後ろに下がっていく。俺が下がるたびに月ちゃんもこちらに近づいてきて、ついに壁際まで追い詰められてしまった。


「30分もあったらなにができると思う……?30分寝られるんだよ……!!」

「落ち着こう?とりあえず落ち着こう?もう月ちゃん何言ってるかよく分からなくなってるから!とりあえずあれでしょ、眠いってことでしょ?」

「分かってくれたなら、それでいい」


言いたいことは言ったとばかりに月ちゃんは机移動に戻っていく。二人で行えば移動はすぐに終わり、箒で掃き掃きタイムだ。


「そういえば、曜くんは勉強ってどうしてるの」

「どうって……普通に家で教科書とかノート読んだり、あとは……友達に聞いたり?」

「曜くんは友達てき多そうだもんね」

「その言い方はやめてくれない!?」

「……私は別に気にしてないけど、曜くんの友達てきって女の子が多いよね。女の子に人気があるんだと思うよ」


俺が女子に人気?そんなことあるんだろうか。クラスにはこう……人気者!って感じの男子とか他にいるし、運動部に入っててスポーツマン!って感じの生徒もいる。俺が人気になる道理なんてないように思うけど……。


「私の近くの席の子とか、よく曜くんの話してる」

「近くの子?例えば?」

「すい……水野さんとか」

「今『すいのさん』って言いそうにならなかった?……まあいいや。多分綺星きららが俺の話するのはランニング仲間だからだと思うよ?水曜日は学校が始まる前にいつも一緒に走ってるんだ」


走る場所とか時間の関係で水曜日以外は会わないけど、週に一回は一緒に走っている。……毎週スパッツ女子と一緒に走っているせいで心が揺れまくっているけどこれは言わなくてもいい情報だろう。


「ふーん……名前で呼んでるんだ」

「月ちゃん?」


綺星との関係を説明しただけなのだが、なぜか月ちゃんは不機嫌になってしまい口をとがらせて冷たい返事しかしてくれない。

感情表現がストレートなところも愛らしいなぁ……と思う俺はそろそろ末期かもしれない。


俺の変態性がやばいことはさておき、この反応はもしや俗に言う嫉妬というやつではなかろうか。……お、俺の頑張りがようやく報われ始めたのか!!


「私は別に、曜くんがクラスで女子にどれだけ人気になろうと気にしてないから。キャーキャー言われても気にしてないから……なんで嬉しそうなの」

「そ、そんなことないよっ!」

「……別にいいけど」


俺も感情を隠すのが苦手みたいだ。月ちゃんの発言が嫉妬からくるものだと思うと、どうも暗い喜びが湧き上がってくる。人として褒められたものではないだろうし自重しよう。


「ほんとに気にしてないから。本当だから」

「うんうん」


自重しようといったところで湧き上がる感情を抑えることなどできない。せめてそれが顔に出ないようにと努力する。


いや、それにしても月ちゃんが俺に嫉妬してくれるなんて――


「私が気にしてるのは、周りで曜くんのことではしゃぐ人たちのせいで、私の眠りが浅くなったことだけ」

「そっちかああああ!!」


俺は箒を手放し頭を抱えてしまう。恥ずかしい!俺めっちゃ恥ずかしい勘違い野郎じゃん!!


頭を抱えて座り込んでしまった俺に対し、月ちゃんは心配ではなく追い打ちの言葉を投げかけてくる。


「『曜ってかっこいいよねー』『分かるー、顔もだし中身もイケメンだしー』……そんな話、私の眠りを妨げてまですることじゃない」

「けっこう辛辣なこと言うね!!心にすごい刺さったんだけど!!」

「『私、紅野くんに告白してみようと思うんだ』『え、そ、それは……』『な、なにその反応……もしかしてアンタも……そう、私たちライバルってわけね』……どうでもいい、もう少し離れた場所で話してほしい」

「それ割とどうでもよくないと思うんだけど!明らかに俺の知らないところで俺が原因の戦い始まろうとしてるよね!?っていうか俺に話しちゃダメなやつだよね!!」


た、確かにここ最近仲が良かったはずの女子グループがあんまり話してないなと思ってたけどそういう理由だったのか!俺今日からどんな顔してその子たちと話せばいいんだよ!


「……もしかして、ここ来た時から俺のことずっと睨んでたのって」

「元凶が目の前にいたから、睨みつけてただけ」

「それ、俺に言ってもどうしようもないから……」


確かにさっき月ちゃんが言ってた通り、俺がなにかしたわけじゃないけど……だからこそ俺にはどうしようもできないことじゃん!

ここで俺に『モテちゃってごめんね!』と謝れとでもいうのだろうか。……そんな謝罪をするやつがいたらぶん殴ってしまう自信がある。


どうしようもないことで恨まれるし、嫉妬だとか勘違いして恥ずかしい思いするし……もう今日はとっとと掃除が終わったら月ちゃんのように寝よう。


「月ちゃんって意外と繊細な睡眠なんだね。朝からずっと寝てるし多少の騒音は気にしないのかと思ってたよ」


もうあの話はしたくないが、かといってせっかくの月ちゃんとのおしゃべりタイムを無言で過ごすというのもいやだ。というわけで話を違う方向に持っていくことにした俺は月ちゃんの睡眠へと会話を移した。


月ちゃんも自分の得意分野である睡眠については話すのが好きなのか、少しだけ楽しそうにしゃべりだした。


「私の睡眠はいつもは鉄壁。たとえ周りでカバディを始められても寝続ける自信がある」

「たとえにどうしてカバディを……。あれ、じゃあ今回はその鉄壁が破られるなにかがあったってこと?」

「……秘密」

「ここで秘密にされると無性に気になるんだけど」

「だめ。曜くんには絶対秘密」

「えー」


ぶんぶんと首を横に振られてしまえばもう聞き出すのは諦めざるを得ない。

でも気になるなぁ、俺には秘密とか言われてしまうと余計に気になる。


「どんだけ深い眠りについてても起きちゃうなにかか……なんだろ、俺なら……月ちゃんの話とか周りでされたら起きちゃうかな」

「……曜くんは、鋭いのか鈍いのかよく分からない」

「ん?なにか言った?」

「秘密」

「またかー」


月ちゃんの秘密を知りたいような好奇心と、秘密は秘密のまま月ちゃんに焦らされ続けるのも悪くないなと思う変態性が心の中でせめぎ合っている。


知らないことがあるのはもどかしいけど、それは逆に言えばもっと知ることができるということだ。俺は月ちゃんのことを全然知らない。だから、まだまだ知ることができる。


「いつか、教えてね」

「気が向いたら、教えてあげる。でも……それより早く、自分で気づいてほしい」


月ちゃんの最後の一言が気になったけど……気が向けば教えてもらう約束ができたのは大きい。……いや、『気が向いたら』って気が向かない時の常套句だと思うけど、そこは気にしないようにしておこう。


ぱぱっと掃除をして机も元の位置に戻す。そそくさと席に戻った月ちゃんは、削られた30分の睡眠時間を取り戻すかの如くすぐに眠りについた。


俺はロッカーから教科書を取り出し……いや、今日は俺も寝てしまおう。

このもどかしさを胸の内に秘めるように、俺は瞼を閉じた。


そう、青春っぽい甘酢ぱっさを残すために俺は眠るのだ。


決して、『綺星と顔合わせづれぇ』と思ったわけじゃないから。

ほんとだから!!

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