第30話 鏡

空から降ってくる水がどこに流れていくのかを、私は知らなかった。


雨は、水溜まりになる。

それは、この外と中とを隔てるものの向こう側も同じだったけど、私はまた気付いてしまった。



水溜まりの水が、増えも減りもしないことを。




私はどれくらいこの偽物の世界にいるんだろうか。




ベッドのふかふかは本物。

机の硬さも本物。

お母様が用意する大好きなハンバーグもいいにおいで間違いなく美味しい。本物だ。



けれど。



そう思っていることが、『本物』である理由で、私がそうじゃないと『自覚』したら、それは偽物になる。


ふとその事に気付いた。



あの流しの脇の通路にある扉が『何もなかった』のは、私が『何も想像していなかった』からだと、ソーマのヒントで思った。


私がそう思ったのが、正解か不正解かはわからない。



ソーマは答えない。


ソーマも知らないのだと思う。


お母様は信じられない。





いつから?

どうして?



……どうしてここに住むようになったの?




ソーマと遊んだ記憶は何歳だったかな。


あの女の子はなんて名前だっただろう。


でも顔もいまいち思い出せない。





遡ってみたら何か思い出せるんじゃないかと思ったけれど、そう簡単ではなかった。





空がいつの間にか赤い。

もう少ししたら青の混ざった黒い夜空になる。





「夕焼けの空を表す色に、茜色っていうのがあるんだよ。」



「わっ!びっくりした!」




ソーマはいつだって急に現れる。




茜色。

キレイな響き。


「他には?」

「………。」

「それだけ?」

「……調べてくる…。」



ソーマは負けず嫌い。

ちょっと拗ねた顔を見て私は笑った。



「そういえばさ。」


何かを言い出したので、私は黙って待つ。

間が空いて、ソーマはこっちを向いた。



「新しい鏡はいらないの?」

「え…。」

「全身鏡。前はあったよね?」




全身に流れる気のような何かが、すーっと引いていくのを感じた。






あった。


全身が見える大きさの鏡。


そう言われてみると今部屋にはない。

どうしてなくなったんだっけ?



あれ?

でもあの鏡で自分の姿を見た記憶がない。

あったのは間違いないのに。



外に出掛けないから見た目は気にしてなかったけど、でも鏡の前に立った記憶はある。


とてもイライラしていた。

何かイライラに任せて話した気がする。




そして鏡を見たんだ。


そうだそうだ。




そしたら、






割れていたんだ。









鏡を割ったのは私。




鏡に写っていたのは、女の子。


私とよく似た女の子。


だって鏡だもの。





でも、その子の名前はシーナ。





「ねえ、シーナって子、誰か知ってる?」





私は怖い気持ちを飲み込んで、ソーマに尋ねた。


どこからこの名前が来たのか、それを知ることは、とても大事な気がした。













「……俺の双子の妹だよ。」




もう外が暗くてソーマの表情はわからない。

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