第25話 探す

私はソーマのいないこの数日、私が忘れている記憶がある、ということに気付いた。


それが何なのかはまだ全然分からない。

ただ、確かにソーマはお兄ちゃんだった、という事実は間違いなさそうで、さらに、仲の良い女の子がいて、3人で仲良くしていたということも思い出した。


なぜ忘れていたんだろう?


つい昨日、お母様にお父様のことを訊ねてみたが、相変わらず困ったような、なんとも言えない返答をされて、私はまたそれ以上聞けなくなった。

お母様は何を隠しているの?


お母様を信じられなくなった。

私が信用できるのは、ソーマだけ。





朝から雨が降る日。

ソーマはやっぱり急に現れた。


「ごめん、久しぶり!」

「ソーマ!いっぱい話したいことがあるの!」


勢いよく話す私にソーマは笑った。

「いいよ、まずはどんな話?」



あのね、と言って私はハクセキレイの話から始めた。ソーマがお兄ちゃんであると思い出したこと、よくソーマと虫を取りに公園にいったこと、川に行ったことがあること、その時に女の子が滑って洋服のまま川に入ってずぶ濡れになったこと、それら全て楽しい思い出だということ。



私は夢中で話した。

話すことに集中しすぎて、話し終わって顔をあげてソーマを見た時、失敗した、と咄嗟に思った。


なんだか泣きそうな、心配事があるような、そんな感じの顔だったのだ。私がソーマを心配してしまうような。



思わず声に出た。

「大丈夫……?」



ソーマははっとした表情をして、そんなに一気に思い出すとは思わなかったと、ちょっと情けない笑顔で言った。


その笑顔は私を悲しい気持ちにさせた。

考えてみれば、ソーマは私に思い出して欲しくていろんなことを教えてくれたのだろう。



いっぱい待たせてしまった。

でもまだまだ足りない。



ひとつ思い出すと、それに関連して他の思い出もふっと浮かんでくる。

不思議だった。それは、どんどん新しい扉が開いていく感覚に似ている。



「ゆっくりでいいんだよ。思い出したくないものもあるかもしれない。それは、無理に思い出さなくていいんだよ。」

「………うん、わかった。」



ソーマは優しく私の頭を撫でてくれた。



「…じゃあ、俺もつい最近知ったことを話してもいい?」

「うん!なあに?」



ソーマの表情は穏やかだった。




「シエリの住むこの部屋はね、仲良くしてた女の子の持ってるおもちゃのおうちにそっくりだったんだ。」

「!」

「やっぱりあの家、気に入ってたんだね。」





私は100%の信頼をソーマにおいている。


ただ、私の忘れていることを知りすぎているソーマの話は、時々恐ろしく感じることがある。







私は恐怖で目線をずらした。そして考えた。

おもちゃの部屋そっくりに部屋を作れるほど、お金持ちなのかな、とか、じゃあソーマの部屋はどんな作りなんだろうとか。

でもそう考えてから、ソーマは私の部屋にくるけど、私は行ったことがない。ソーマと私は兄妹。なら、一緒の家に住んでいるはずだよね。ソーマがこの部屋に来られて、私が出られないはずはないよね、とか、とにかくいろいろ考えた。



「ねえ、ソーマの部屋に行きたい。」

「え?」

「私が病気だとしても、ソーマがここに来れて、私が行けないなんておかしい。感染する病気ならもっと変な服着てるはずでしょ。私が出てかかる病気なら、私がその変な服を着ればいい。」

「変な服ね。くくっ、そうだね、シエリが望めば行けると思うよ。」

「連れていってくれないの?」



ソーマは笑った。

私はちょっと馬鹿にされた気持ちになって、拗ねる。




「シエリがこの部屋を正しく出られたなら、俺の部屋にも来れるよ。」

「どーゆーこと…?」




「この白い扉を開いた先にある食事をする部屋は、偽物ってこと。」





私の常識が崩れていく。





あのテーブルも傍のキッチンも偽物?


私はそこで何度もご飯を食べている。

それはお母様が証明してくれる。





でも、お母様の言うことは信用できない。





何が本当なの?



ちらりと盗み見る。

ソーマの横顔からは、表情が読み取れない。

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