第24話 思い出

鍵の掛けられた部屋がある。

そこは鍵を掛けられるまではきちんと手入れされていたが、数年前から誰も足を踏み入れていない。


オートクリーン機能で部屋の中の空気は清潔に保たれており、数年振りに扉を開いても、カビ臭くもなければ埃も溜まっていなかった。



その代わり、懐かしいにおいもない。





部屋は半分当時のままだった。


将来大きくなったら仕切れるようにと、この部屋には廊下から続く扉が2つある。この部屋自体ダイニングから離れた、ちょっと奥まったところにあり、この部屋に行くか、物置小屋に行く以外、この廊下そのものを使うことがなかった。

あの出来事から2階の一人部屋に移って以来、この廊下を使っていない気がする。

無意識に避けていたのかもしれない。




部屋の半分は何もなかった。

当たり前だ。俺のものがあったのだから。


もう半分は女の子がいたと思わせるものが残っていた。ぬいぐるみやシール帳、可愛いイラストのタオルケットに掛け布団。


未だ使われているかのように生活感がある。



においはなくとも、光景は懐かしい。

ここに、思い出を置いて鍵を掛けてしまったから、今まで寂しくなかったのだろう。


開けてしまった今、異常なほど涙が止まらなかった。





涙でぼやける視界に、何気なく映ったおもちゃ。

女の子が好きそうな小さな家と、その家に見合う小さな人形。特に妹が大好きだった気がする。



その小さな家は、白を基調とした部屋で、小細工として壁に絵が掛けられている。

スプリングのきいていそうなベッドに、可愛いサイズの姿見。そして大きな窓。


懐かしい。

でも、懐かしいだけじゃない。

最近も見たような気がする。





合宿から疲れて帰ってきたその日の晩ご飯。

父は、思わず箸を止めてしまうようなことを言った。



「合宿に行ってる間、昔をちょっと思い出したようだよ。」



誰がとは聞かなかった。でも、絶対妹のことだと思った。

父の気持ちは表情からは測れない。

その事以外に、何か悪いことがあったのかもしれないが、ここは、素直に喜びを出すことにした。


だって、願っていた事態だ。



今日は遅いからまた明日行きなさいと言われ、それに頷いた。




そして、あまり満足に眠れないまま朝が来た。

珍しく早起きだった父に、俺は鍵を訊ね、父は驚いた顔をしたが、待ってなさいと言って書斎の方へ消えた。

そして戻ってきたその手には鍵が握られていた。



この、鍵の掛けられていた子供部屋の鍵だ。





一頻り泣いて、もう涙が涸れたと思われる頃、部屋を出て、また鍵を掛けた。

もう掛ける必要はないとも思ったが、父の気持ちは分からない。


結局、同じように鍵を掛けた。



このまま泣き腫らした顔で父に合うのは嫌だったので、自室に戻り、暫く時間を潰した。



完全に元通り、とはならず、父に鍵を渡した時、父は俺を見て一瞬固まった。

そのすぐ後に、差し出された鍵を受け取ったが、表情は優しく微笑んでいた。





そして、書斎の奥に向かう。


妹に話しかけながら、スクリーンを見た時、今度は俺が一瞬固まった。






妹が夢で住まう部屋は、あの小さな家の内装とそっくりだったのだ。

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