第23話 記憶
ソーマは暫く来れないと言った。
ごめんな、と続いて、次来た時のための質問をいっぱい考えておいてと言って笑顔を見せた。
私はなぜだかほっとした。
どうしてほっとしたのかは分からない。
怖かったのだろうか?…私がソーマを?
ありえない。だって大好きなんだから。
頭を撫でてくれる手はいつも通り大きくて暖かい。
聞きたいことはある。
でも、それを聞いたら何かが変わる気がする。……それが怖いのだ。
「…何かが変わっても、俺がシエリを大事に思うことは変わらないよ。」
「……。」
「ゆびきりげんまんしてもいいよ。」
すっと私の前に小指を出してきた。
私は窺うようにソーマを見て、おずおずと小指を絡ませた。
「ゆーびきーりげんまん、うそつーいたーらはーりせんぼん、のーます、ゆびきった!」
わたしはちょっとうきうきした。
小指を絡ませた片手を、ソーマは歌いながらぶんぶん振りだしたのだ。
この歌の意味が実は怖いことだと聞いたことがあるけれど、ソーマは知らないみたいに明るく歌った。
「約束ね!」
「うん、約束だ。」
いっぱい笑って、今日もいっぱいお話をした。楽しい。やっぱりソーマと一緒は楽しい。
空が暗くなってさよならをする頃、ソーマは言った。
「…シエリは出来ないと思い込んでいるだけだよ。」
「…?」
「この部屋を出たいと思うなら、出る自分の姿を想像してみるといい。小鳥に触れたいと思うなら、触れている自分を想像してみて。」
「…そうぞう……。」
「そうだよ。新しく作ることは出来るんだから。」
ソーマの笑顔が時々眩しい。
たぶん、私には出来ないキラキラだ。
そして、最後の最後に、
「生まれた日からシエリを見てる兄ちゃんが言うんだから、間違いないさ!」
それは、私が聞きたかった答え。
どこから来る自信なのかは謎だったが、心が暖かくなるのを感じた。
きっと、大丈夫。
それでも次の日は、ほぼ毎日のように来ていたソーマが来ないこともあり、怯えて何も出来なかった。
何も出来なかったその翌日。
部屋の中に白と黒の小鳥がいた。茶色の小鳥よりは大きく、尾がやや長く、軽快に歩き回る姿は可愛い。
触ったらつつかれるだろうか、噛まれるだろうか。足で引っ掛かれるかもしれない。
でも、私なら大丈夫。
ふいにソーマの言葉を思い出した。
そうだ、私なら大丈夫。出来ないと思い込んでいるだけだ。
私は想像した。
柔らかく包むように手のひらに乗せ、そこで丸まる小鳥を。
小さな体が発する温もりを。
私が怖い人間じゃないと小鳥に伝える自分の姿を。
そうして私は両手を小鳥へゆっくりと差し出した。
ドキドキが止まらない。
すると、小さな足を素早く動かして歩き回っていた小鳥はそれを止めた。
小首を傾げて両手を見た後、ちょっと間を空けて、自らその両手に乗ってきた!
私は手が震えないようにゆっくり持ち上げて、顔の近くまで持ってくる。
黒くてつぶらな目と目が合った!
私の手のひらの上で丸くなっている姿、なんて可愛いんだろう!
私はずっと可愛いと言っていた気がする。
そして誰かに伝えたいと思った。
ソーマ!どうしてこんな日にいないのだろう。
早くお話ししたい。小鳥が軽くて暖かいことを。目がとっても可愛いことを。
この子は…なんて名前なのかしら?
『この子は…ハクセキレイだね。』
そうだ、ハクセキレイだ!
『足が速くてすぐ逃げちゃう。』
そうそう、でも私いま触れてるの!
あれ、なんの記憶だろう………?
小さな男の子がこの小鳥の名を教えてくれるシーン。そのそばにいるのは小さな私だ。
そうそう、足が速いから近寄るとすぐ走って飛んで逃げてしまう。そういう鳥だと私は教えてもらった。
誰に?この男の子に。
一緒によく見ていた。
この男の子と?そう、この男の子と。
だって、この男の子は、昔のソーマだもの。
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