第17話 決意

澄んだ濃紺の空に星が輝く静かな夜。

せかせかと且つ力のこもった足音が近づいてきた。


この部屋まで訪ねてくるのは、友達以外には父親だけ。泊める約束は今日はしていないので、嫌な予感しかしなかった。

心が決まる前、部屋の扉は勢いよく開かれた。




「蒼真(そうま)!!!!」

「な、何、急に。」

「お父さんに隠してることがあるだろ。」

「…何のこと?」

「惚けるな!書斎の奥の部屋に入っただろう!」





父の言葉も態度も、全身から放たせるもの全てが、怒りからくるものだった。

一言一言が強く重々しい。

父に激怒されたのは初めてかもしれない。



しかし、怒られたことは自体は、今の自分にとって大した衝撃ではなかった。


なぜ入ったことを怒っている?

勝手に入ったから?

そもそも何故隠してた?

家族である俺に。

何も知らないなんて除け者と一緒じゃないか。




「……父さんこそ…………父さんこそ、なんで隠してたんだよ。」

「…!…いつか時期を見て…」

「嘘だ!どうなったら、いつになったら教えようと思ったんだよ!!」





…父に怒鳴ったのも初めだった気がする。

ほとんど逆ギレだ。

鬼の形相だった父は突然の俺の怒りに大層驚いた顔をして、やがて俯いた。



「あの子は過去を忘れたままの方がいいんだ…。」

「は…?」

「蒼真は…なんでああなったと思う?」

「なんでって…」

「過去を封じたいから、忘れたいから、目を覚まさないんだよ…。体に異常はもうないんだ。」

「……」



俯いた父の顔は見えなかった。

ただ、悲しげにぽつりと話す父が、小さく弱い存在のように見えて、何も言えなくなった。そして怒ったことを後悔した。





暫く無言が続き、やがて小さく呟くように父が言った。


「蒼真が会ったら、思い出しちゃうじゃないか……。」

「……俺は…また家族の形に戻りたい。」

「…あの子は居合わせたんだ。ショックが大きすぎる…。目を覚まして同じ家で私たちと暮らしたら、いずれ母親がいないことに気付くだろう。やがて……」

「でも夢の中より、未来がある!変われるかもしれない!」



父は静かに見つめてきた。

何かを見定めるような、それでいて不安そうに揺れている。







「……全てに、責任がとれるか?」








はっきりした声ではなかった。

しかし、耳には真っ直ぐに届いた。

そしてこの父の問いに、答えはイエスかノーしか用意されていないと分かった。



強く見つめ返して、答える。




「うん。とる。逃げない。」










「………鍵は変えないでおくよ。おやすみ。」



暫く間があって、父は背中を丸めて静かに扉を閉めた。来た時とは違う消え入りそうな足音だった。


全身の力が抜けて、へたりと床に座り込んだ。

鍵を変えないということは、いつでも入って良いということ。


じわじわと、父に認められたんだ、という思いが喜びとして沸き上がり、最後には頬が緩んだ。





いつでも会いに行ける。

早く、一緒に外に出掛けよう。







選択に、迷いはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る