第5話 ソーマ
忘れちゃった?
男の人の声が頭から離れない。
ソーマだよ。
ソーマ。聞いたことがある気がする。
声にしたことがある単語だ。
大人ではないけれど、大人のような、私を見守るような目で見てくるので、居心地が悪かったのをよく覚えている。
ケーキを食べてから何日も経った。
少なくとも綿みたいなふわふわは2回見ている。
でもそんなことより、ショートケーキの味を思い出せないくらい、あの日ソーマに気をとられていたと気づかされた。
お母様と3人でどんな会話をしたかな。
どんな顔をしていたかな。
黒い目に黒い髪、身長はずっと高い。
紺色のセーターからチェックのシャツが見える。ズボンは髪の毛より濃い黒。
よく私に声をかけてきて、何度も私を見てきた。
それがなんだか嫌だった。何か企んでいるのかしら。
気を抜いたらいたずらされるんじゃないかって、心の中ではビクビクしながらテーブルの上のご馳走を食べた。
お腹がいっぱいになって、ジュースをちょっとずつのんでいたら、隣でごちそうさまとソーマが言う。
あ、もう帰るのかなって期待してしまった。
でも、
「会えてよかった」
ソーマは相変わらずにこにこしていた。
その顔を見て、ついさっき期待したことを後悔した。
会いに来てくれた人なのに。
「ありがとう………ソーマ。」
私は今日初めてきちんとお礼を言った。
もちろん目を見て伝えた。あの黒い目を。
すると短い間私を見ながら静止して、息を吐き出すのと同時に悲しそうに笑った。
「どういたしまして。」
私は席を立ち、自分が使ったお皿を片付け始める。
「昔は『お兄ちゃん』だったのにね。」
最後にソーマが何か言っていた気がするけれど、私には聞き取れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます