第74話 コノハナ

 街はボロボロ、かつての面影がほとんど無い。悲しみが沸き上がってくるものの、溢れることは無い。そんな想いを抱えながら私は「秘密の部屋」へ向かう。入口や通路はそれ自体が意志を持つように変化する。それを望んで力を込めた。たどり着けるだろうか?


 などと思っていたが、意外とすぐにたどり着けた。通路の途中で呼び止められたが、私とわかったらみんなが駆け寄ってきてくれた。そのまま「秘密の部屋」まで案内してもらえたんだ。


 通路となっている空間にも人が溢れている。どうやらここを避難所や臨時の病院にしているようだ。賢明な判断だ。おそらく、この通路を使って攻撃や逃亡のルートを構築しているのだろう。かつての私のように。


 いつもの広間にたどり着くと、ヴェロニカが駆け寄ってきて抱きしめてくれた。みんなも顔が少し明るくなったようだ。そのまま、時間が経つのを忘れるように過ごした。


 ヴェロニカからたくさん話を聞かされた。


 渡良瀬さんのこと。雪本不滅のこと。黒井さんのこと。ルドビコのこと。みんながそれぞれの役割を果たし、どうにか生き延びている。


 渡良瀬さんは組織の力を総動員して、重要なデータをネットと足を使って運んでいるらしい。ネット経由で移動したデータはコピーを残さずに廃棄。そのまま痕跡も消す。その後は媒体に移したデータを足で運び、敵の追跡を逃れる。そんなことを繰り返しているようだ。それに加えて妨害工作も多数行っているらしい。


 そんな中で、ヴェロニカやルドビコは私の為に映像を記録していたらしい。それも今渡良瀬さんの許にあるのだろう。それを見れば私が新たな対策も練ることが出来る、と考えたようだ。私はそんなに万能じゃないよ。


 ヴェロニカは語る。大変な状況だけど、力をつけるためのステージでもあった。不謹慎だろうけど。それぞれが出来ることをやらないと生き延びることが出来ない。そして、彼女はいくつかの方法を知っていた。みんなが言葉に依らずにヴェロニカの行動を真似て、助けてくれた。これもいくつかのヒントからの助けだった。


「宮本武蔵の五輪書だけど……」

「うん」

「あれは、何度も『口伝である』、っていう言葉が出てきて……」

「うん」

「そして、『役に立たぬことをせぬこと』、というのもあって……」

「うん」

「『役に立たぬこと』とは何か? から始まって―――――





―――――もう、本当にバンカーカフェ・オビワンって感じですよ。いつの間にかみんな強くなってしまって……」

「ヌルハチは?」

「いませんよ……―――――






―――――辛い状況だと、何かに没頭するのが助けになるっていうのは本当だと実感した。それが力になることもあるとは……」

「リタ・ヘイワースは?」

「ありませんよ……―――――






―――――お店は壊されちゃったけど、あれだけは守りましたから」

「あれって……ああ、あの三原則。でも、あれもまた書けばいいんだから、危険を冒さなくてもよかったのに」

「ダメですよ。あれはオーナーが頑張って手書きに挑戦した記念なんですから」

「うん。まあ、それはそうだけど……でも、また書くよ」


 幼いころは習字も結構出来たんだけどね。成長と共にだんだんやりづらくなっていった。今でも文字を書く時はちょっと変な力が入ってしまう。でも、これもきっと何かのステップなんだろう。


 その後、ラーフを殺害したことを話した。あまりにもあっさりと伝えたので、一瞬キョトンとしていた。その分驚愕の表情や声は凄かったな。


 ブラックバードのこと。そして、この後の企みのこと。それらを伝えた後、私の自宅のことを話してくれた。


 なんでも、フリードがここへ来ることを拒んでいるそうだ。敵の攻撃にさらされながら私の家を守っているらしい。ルドビコもそれに加勢しているようだ。私はみんなに明日の事を伝えてから、自宅に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る