第73話 謀略の夜

Salt Side

 俺は命令されるままに街を破壊し続けた。もう、自分でもどうしたいのかわからない。壁となっているビルの一室から街を眺める。この街が消えてしまったら、俺はこの先、どうやって生きて行けばいいんだ? もっとも、殲滅が終わったなら、俺も消されるな。


 そんなことを考えていたら、首に何かが当たったような気がした。目の前には二つの刃が交差しているのが見える。これは……


Night Side

 私は魁田の首筋に刀を当てながら話した。


「動かないで」


 隣のダーケスト・アワーも言う。


「よし、それじゃ、ゆっくり振り向くんだ。静かに」


 魁田は両手を挙げて頷く。そして振り向く。


「……お前たち……一体どういうつもりだ? どういう事なんだ?」


 私はさらに詰め寄り話した。


「この街の為に共闘の申し出をして、受け入れてもらったわ。一時的にだけど」

「共闘……?」


 今度はダーケスト・アワーが詰め寄る。


「お前に最も都合がいい状況は、俺たちが死力を尽くしてぶつかり合い、双方が潰れることだろう。だから、それを現実のものにしてやろうってわけだ」

「なんだと?」


 私は魁田の目を真っすぐ見る。


「あなたは頭脳明晰で用心深い。そして常に何かを恐れている。力を蓄え、それに備え、そんな自分が悔しいとも思ってる。そして、さらに何かを追い求める。危険で手強い。でもね、私はそんなあなただから信じられる。彼もそう言ったわ」


 ダーケスト・アワーが頷いた。魁田は黙っている。


「私たちは自分の罪を清算する。それで全てが許されるとは思わないけど、きっとそれが一番いい事だと思った。だから、その後の事をあなたに託す。あなたはいずれアマミヤに代わる。その先はあなたの自由」

「だが、ラーフはダメだ。あいつは際限なく闘争を続ける。そしてそれ自体が目的になっている。だから、お前と取引がしたいんだ」

「取引だと?」

「私たちは、衝突した後にあなたの指示にすべて従う。少なくとも生き残った内の一人は。だからその対価として――」

「ラーフの首をよこせ」

「……」


 私たち三人はしばらく沈黙。その後魁田は頷く。刀を下ろして彼を解放する。彼が息を整えた時に私は話した。


「それと、もう一つ。これは頼み。払えるものも無い。だからお願いするしかないんだけど……」


 魁田は私をしばらく見つめてから口を開いた。


「言ってみろ」


 私は頷いて言う。


「ここに近いホテルに女の子を預けてあるの。名前はブラックバード。彼女を保護してもらいたい。どうなるかは彼女次第だと思う。だけど、しばらくの間は守ってもらいたい。それを……」

「引き受けた」


 魁田は答えた。私は信じた。嘘でないと信じられた。


 上の連中は混乱が大きいようだ。もしかしたらハドソンの行為の影響かな。世界中で同じような状況なら、上手く行くかもしれない。魁田に監視があるとしても、私に脅されている、と示せれば彼への脅迫手段は一部無効になるかもしれない。これも賭けだけど。


 私が彼を脅しつつ進む絵を見せ、ダーケスト・アワーは陰に潜む。そしてたどり着く、あいつが眠るカプセルへと。


 私はカプセルの前に立ち、目の前に居る者に話しかける。


「あんたの罪は私が貰う。きっとそれが私自身への償いになる。だから……」


 私は右腕の義手を触り、それに力を込める。そして――


 ドン! と音がした。カプセルが破壊され、ラーフの胸から血が噴き出る。そして後ろに倒れた。


「お前が手を汚すことは無い。こいつは俺が貰う」


 ダーケスト・アワーが右腕のスカルショットを三発続けてラーフを撃つ。そして、ダスト・ドライヴで首を落とした。


「後は任せる」


 ダーケスト・アワーはそれだけ言って去って行った。一度も振り向くことは無かった。


 私は一瞬放心した。それから我に返り切り落とされた首を見つめる。そして視線を魁田へ。魁田は銃を私に向けている。私がそれを見つめていると、魁田は銃を納めた。なんだか、変な顔だ。


「私は……これで」


 そう言って私も去っていく。地上に着いた頃には胸の鼓動が早くなっていた。何もわからないまま私は走り出した。建物を出てからは何処に向かっているかもわからず全力で走り続けた。周りには何かあったように思う、でも、人々の喧騒も銃声も叫び声も馬の嘶きも黒い霧も目に入らず、耳に入らなかった。気が付くと私は公園にいた。息が激しい。喉が渇いた。水を……


「あなたと最初に会ったのも、こんな感じだったかしらね」


 目の前にルドビコが居た。彼女がスポーツドリンクを差し出す。私はがぶ飲みした。


 落ち着いたから何か言おうと思った時、彼女が先に話し始めた。


「おかえり」

「ただいま」


―――――

「実は……私、特殊任務が出来ちゃって……いや、使命かな? だから今から行かなくちゃいけなくなったんだ……こんな時に、ごめん……」


 私は首を振って答える。


「ううん。大丈夫。ありがとう。あなたのおかげで、私、今日まで生きてこれた。全部ってわけじゃないけど。あなたが居てくれてすごく嬉しい。だから戻ってきてね。私、あなたが必要だから」


 そう言うとルドビコは顔をそむけた。


「……あれ……うそ……なんで……そんな……!」


 どうしたの? と言おうとして立ち上がると、彼女は腕を伸ばして私を制止した。私は何も言わずに留まる。


「また……戻った……? それとも……私が……創り出したの……?」


 そのまま私たちは、しばらく夜の闇の音を聞いていた。


 ルドビコは顔を上に向けたり下に向けたり、ジャンプしたり。そんなことをしてから私に話しかける。


「ああ、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃったもんで……ええと、なんだっけ……あ、あの、私もう行くね。私も実有と居れて楽しかった。だから戻ってくるよ絶対。じゃあね!」


 そう言ってルドビコは公園の出口に走っていった。たぶんそっちにブラックスターが待っていたんだろう。ヒヒーンという鳴き声と共に走っていく音が聞こえた。私は音のする方に手を振ってから、「秘密の部屋」へ向かおうと歩き出す。


 その時、歌が聞こえた。ルドビコの声で。


Deine Zauber binden wieder

(汝が魔力は再び結び合わせる)


Was die Mode streng geteilt

(時流が強く切り離したものを)


Alle Menschen werden Bruder

(すべての人々は兄弟となる)


Wo dein sanfter Flugel weilt.

(汝の柔らかな翼が留まる所で)



 私は振り返らずに歩き続けた。

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