第67話 愚か者たちのサウダージ

Ziggy's View


リスベット:あなたは、まだ多くの事を語っていない。それは、きっとこれからあなたがやるべき仕事なんでしょう。でも、一つだけ、今聞いておきたい。どうしても。


実有:何について?


リスベット:他人との比較はすべきではない。でも、それを全くせずに生きていくことは不可能。他人と自分を分離しつつ、共に生きる。あなたもその決意をしたはず。しかし、あなたは恐れていることがある。それについて、聞きたい。


実有:……そうだね。私には最も比べられたくない人がいる。それは、アドルフ・ヒトラー。


リスベット:話して。


実有:正直言って、私は彼の事をほとんど知らない。とても酷い事をした人、ということくらいだろう。『我が闘争』も読んでないし。


 私は、断片から探っていくことになった。見たり聞いたり、誰かが話したことを又聞きしたり、の繰り返し。


 徐々に恐ろしくなっていった。私には彼との類似点が数多く見出されたんだ。


 アドルフ・ヒトラーは生まれと育ちが、ちょっと大変な状況だったようだ。そして、彼は画家を目指していた。彼が描いたのは既存作品の模写、風景も誰かが描いたものの模写が多かったという。私はぼんやりと想像した。彼は、自信が無かったのだろう、と。


 軍人、政治家の間も色々あったようだけど、彼は演説を重要視していた。オペラ歌手から声の出し方や身振り手振りなど、演技の手法も学んだ。


 そして、反ユダヤ主義。私は日本人だから、世界におけるユダヤ人たちの歴史をあまり知らない。いくつか見聞きしたことを合わせたとしても、ヒトラーが反ユダヤ主義に走った理由は、私には謎だ。


 ただ、その……そうだな……一つの……物語として、私が描くことが出来たなら……


リスベット:聞かせて欲しい。あなたの描く物語を。


実有:ええ、そうだね。例えば……


 幼少期に自身の所属する宗教や宗派に不信感を持ったとする。心の拠り所を見つけ出せない少年は、すがるものを探し始める。やがて、ローマやキリスト教以前の自国の民話や神話なんかにも手を伸ばす。


 徐々にそれに心酔していく。それは愛国心か国粋主義か、区別はつかない何か。子どもの心にそんな政治的なものを持ち込むのは無理だしね。少年は味方を得た気分になる。徐々に安心感を覚える。


 当然、自分の所属するものが強い、ということになると嬉しい感覚が出てくるだろう。それだけならいいが、徐々に他方よりも自分たちの方が優れている、という感覚になってくる。つまり、その他方、で顕著だったのがユダヤ人たちではないのか?


 こう感じるのは、私が日本において感じたものと類似が見られるから。私は愛国心はあって良いものだと思う。度が過ぎると良くないと思っているけど。ただ、この辺りを見ていると、極端な愛国主義とその手の話をまったくしない者たちが多かった。もしくは、それらを自分ががなり立てるための手段の一つにしてしまっている者たちも多かったんじゃないか。


 つまり、韓国人や中国人、在日の外国人など。彼らに対する思いが複雑だった。彼らに酷い扱いをしたくはない。だが、そうすると日本人への配慮が滞る。それらに伴うあれこれを見ていて辛かった記憶があるんだ。


 私の想像するドイツで、同じ状況だったとしたら……


 議論しても結論を出さないことに業を煮やした一部の者は行動を起こす。非道な行いが多く含まれるものを。


 その者たちの行為は称賛を受ける。声を上げる者は少なかったかもしれない。だが、多くがそれを望んでいたような『空気』を感じてしまった。今でも時々見られる表現『サイレント・マジョリティ』というもの。当然、サイレントなのだから、これを判断するのは行為に及んだ者たちだろうけど。


 いくつかの経過を経て感じたのだろう。


 英雄として祭り上げられるのは、力が強いものでも知恵がある賢いものでもない。誰もやりたがらないことを最初にやったものだ。民衆はその行為への対価として忠誠を表す。ならば、自分はそれを続けよう、と。


 身勝手かもしれない。だが、実際に自分たちの前には結果が現れた。それが彼らの行いを強化していく。やがて、自分たち以外は劣っている、と思うほどに。


 そして、気付く。この手のことは、誰にでもできる。『力への意志』という言葉を使っていいものか……それは、一番上に登ろうとする力であるとともに、現在頂点にいるものをさらに押し上げる。だが、もしも、頂点にいるものに拮抗するほどの力を持つものが現れたらどうか?


 徐々に力はそちらへ流れる。バランスを取ろうとする動きか、もしくは自然の力の一部か。


 もしも誰かが自分を上回るほどの力を得たとしたら?


 今度は自分がその者を押し上げる側になる。その時過去の記憶がよぎったのではないか。自分を押し上げてきたものに、自分が何をしてきたか。そして、恐怖した。


 その後のことは……ちょっとやめておこう。


 ナチスが旗印にした鉤十字、ハーケン・クロイツだけど、あれにも諸説あるみたいだけどね、私が物語として説明を加えるならきっとこう。


 あれは、北欧神話に登場するルーン文字の一つ、勝利を表すシーゲルを重ねたもの。左右対称ではないが点対称の図形だ。模様としては良く出来ている。卍という文字が存在することを知り、それと鏡像であったことも後押しとなった。


 こんな考えを持つことは無いだろうか?


 キリスト教によって蹂躙された土着の信仰を復活させることは出来ないか。それも踏みにじった側の力を使って。


 鉤十字で表したのは、自分たちが『何か』を上回り、駆逐した暁の勝利の印。


 その後も暴走は続き、時代のうねりに飲まれて行く。


 人類の歴史で最悪の部類に入るであろうユダヤ人の迫害とアウシュビッツ収容所。


 そこから誕生した私の支え。『アンネの日記』と『夜と霧』。


 そして、それらは未だにくすぶる中東での争いに新たな火をともすことになった。


 日本の敗戦。第二次世界大戦後の冷戦。それらは何をもたらしたのか……ちょっと変な方向へ行っちゃったね。ごめん。


 まあ、つまり……アドルフ・ヒトラーとナチ党のやって来たことを一つの―――

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