第64話 Focus

Wolf's Stare


―――――実有は言ってた。


 私の苦しみはテレビをはじめとする様々な媒体からもたらされた。でも、私自身が力を得るきっかけもテレビなどの媒体からだった。だから、それらが悪だなんてことは言えない。私が目や耳を磨いて、好い言葉を使えば、それが誰かの助けになるかもしれない。それが非難にあたるとしても、私に新しい何かが見えるかも……


 なんて。

 そう、私には思いつかなかった。でも、だんだん、そんな風に思えるようになってきたんだ。まだまだ、だけどね。


 彼女は両親や社会に褒められたかったんだと思う。だから、必死になって「いい子」になった。それがとても辛かったんだろうね。私も似たようなものだし。彼女が見出したヒントの一つが『ジーキル博士とハイド氏』というものみたい。これはもしかしたら、アレックスにも通じる何かかもしれない。


 社会的に認められた立派な人が、自分の中の衝動を抑えられなくなり、逃れる方法として何かを開発した。衝動が沸き上がる原因は、一人で部屋に居る時ですら、清廉潔白で品行方正で勧善懲悪な人物でいるからじゃないか。そう思ったのは世の中の人々がそれを求めているから、というか、そんな風に見えるから。そして、自分がそうならなければ誰からも愛されないから。そういう所だと思う。もちろん、これは私から見えることだよ。


 もしも、自分が信じてきたものが、ひっくり返ってしまったらどうなるだろう。きっと、復讐心が生まれる。抑えられてきたものが強大あるほどに。


 彼女はそれを押さえる方法を模索し続けたんだろう。そして今もそれは続いている。一つ教えてくれたのは『鬼』というものについて。日本の伝承で『いないもの』を現す言葉だったみたい。いないということで『隠ぬ(おぬ)』そこから『鬼』。実有はそこから、人間には昔からそういうものがあったと見たらしい。その辺の戦いは昔から続いてきたんだろう。だから、私が酷い事をやってしまうと、彼らの努力の成果を目減りさせてしまう。なんでもかんでも抑え込む気はないけど、やり過ぎはよくない。そう考えるのがいいと思ったようで……―――



―――ある時、私を苦しめた奴らは言った。


 お前の心臓にある仕掛けをした。

 ある人物が近づくと、お前の心臓に埋め込んだ爆弾が爆発する。

 死にたくなければ、そいつを見つけ出して、決して近づけるな。


 そんなものだった。だから、解放されてからもずっと不安に襲われていた。どうにか安全を感じられると、その状況を守ろうとした。徐々にその想いは強くなっていった。きっと、私も『優しい忘却』に関わった一人。


 でも、あの時。巨大な塊が降って来た日の事。実有を病院に送り届けた後、屋上で朝焼けを見ていたんだ。そうしたら、空から半透明な鳥の様なものが近づいて来てね。私も疲れていたから目がぼやけているのかと思ったりしたけど、どうも違った。それは本物だった。それが私の胸の辺りを、チョンチョンとつついて、そのまま飛び去って行ったんだ。なんだったのかわからないけど、もしかしたらって思った。


 奴らが言ってた仕掛けって嘘なんじゃないかと思ったんだ。今、頼れる相手にそれを探ってもらっている。考えてみれば、今までもそうしてもらえばよかったんだよね。でも、それが許されないことだって思い込んでしまっていた。考えていい、とすら思えなかった。だんだん確信に近付いている。私は、縛られていなかった―――


 とにかく、言いたいのは、実有が父の後を継いでくれたことを感謝してるってこと。私一人じゃとても耐えられなかった。だから私はもっと彼女の事を知りたい。もっとわかり合いたい。これが正直な気持ち。


 私は彼女に本名を教えたことは無かったんだけど、何で知っていたんだろう? ―――――

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