第63話 策謀の都

Wolf's Stare


―――――

 ええ、うまく話せるかわからないけどやってみる。うん……


 今、街の状況は大変なものよ。でも、黒井さんと不滅が指揮を執ってみんなが闘っている。私とルドビコもいい感じに協力できてる。敵の様子もなんだか変なんだ。私たちを、その、あえて逃がしているようにも見える。私の予測が正しければ、敵の指揮官が私たちの仲間の一人なのかも。そうすると彼はこの状況に至って尚、私たちのために動いていることになる。きっとぎりぎりの状況に追い込まれているはず。一体何を背負ってしまっているのか。でも、敵の心配をするなんて変よね。だから、私たちのことを考えないと。


 ただ、あいつ。敵はあいつをラーフと呼んでいるようだけど。あいつは、ダメだよ。あいつの存在は……危険っていうレベルじゃない。私は実有と話して、そして考えた。あいつこそ、彼女が最も恐れた存在。


 彼女は言っていた。




 この世で最も罪深い事はきっと、自分が邪悪だと気付かないこと

 それに与えられる罰は、死ぬまでそれに気付かないこと



 私は自分がそうなった時のことがぼんやりと見える。それは、



 私には無限の可能性があり、私はそれを自由に使う事が出来る

 それを解った上で、私自身を不幸にする道を選ぶ

 それはきっと、この世界に私が行う最悪の行為であり、最強の攻撃力を持つもの




 聞いたとき、私は彼女が何を言っているのかわからなかった。でも、今はわかる。それがあいつなんだ。あいつは……実有の悪夢の体現。あんなやつを実有に近付けてはいけない。私は持てる力をすべて使ってあいつに戦いを挑んでいる。でも、全敗。どうにか雪辱をしなければ。


―――

 えーと、そう。実有との出会いだっけ。彼女と出会ったのは、私が日銭を稼ぐ為に、紙芝居の進化形みたいなものを実演していた時の事で……ほとんど誰も聞いてくれなかったんだけど、彼女がふらりと立ち寄って、熱心に聞いてくれたの。それで、あまりにも目を輝かせているものだから、そのまま意気投合して友達になって、色々話したりした。


 ある時、私が見た夢の話をしたら、彼女は雷に打たれたようになったのかな……なんだか、固まった後少し震えていたように思えたけど。


 私はその夢の中で、超能力を持った戦士のような存在で、それをある男の人に教えてもらって、その人のために働こうと決めていた。そして、そこには真っ白な蜘蛛が出て来た。その辺のことを話したら彼女は少し考えた後にあるアルバムのことを教えてくれた。


 そのアルバムは、


 David Bowie

 The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars


 正直驚いた。このアルバムに出て来た言葉や物語は驚くほど私の見た夢と一致していた。まるで、その世界を描いたものが、このアルバムからヒントを得たかのようだった。その時、彼女の話の一部が理解できた気がした。それは、理解したつもりでも、説明できないなにかで……その、私も世界の一部なんだってことかな……ごめん、これ、どうにも、言葉に出来なくて。


 そのアルバムの中の一曲に、凄く惹かれた言葉があった。それだけを抜き出すのは間違っているんだろうけどね。


 The Song went on forever.


 訳すと、歌は永遠に行った、という事になるのかな?

 私が感じたのは作品として現わされたものは、解釈が多様になりつつもそれ自体は残るんじゃないか、と思ったもので……違うだろうけどね。


 このデヴィッド・ボウイという人の作品は、楽曲としては美しいけど、すごく難解で理解するってことは大変なんだと思う。


 まあ、とにかく、そこから名前を借りて店に名前を付けたんだ。私たちも派手な衣装で働くわけだし、ちょっとは見逃してもらえるかと……


 もしも、インペリアル・エコノミアなんてものがあるとしたら、それの支配者たる皇帝は私。ということなんだろうね。そして、人類すべてである。きっと実有が見つけたものはそれ。でも、それが全てじゃない。私に見えるものを現すことを彼女は待っている―――――



Night Side

 私は扉を開けて店に入った。そして声がかけられる。


「あの、もうすぐ閉店なんですが……」

「長くはかかりません」

「!?」


 店員は少し考え話す。


「何をお探しですか?」

「滅多にないものを」


「ジャズ?」

「ロック」


「パンク? プログレッシブ?」

「ハードロック」


「ブラック?」

「ドッグ」


「天国への?」

「階段」


「越せなかったのは?」

「つづれおり」


 店員は棚から一枚のCDを持ってきた。


「レッド・ツェッペリンⅣ」


 私は受け取る。その際に小声で聞かれた。


「あの、これ、滅多にないって、こんな有名なアルバム……なんでこんな暗号に……?」


「うん。つまりさ。『こんなに売れたアルバムは、滅多にない』という風にもとれるでしょう? こういうやり方は悪い人も使うし、遊びにも使えると―――


Wolf's Stare


 ―――――彼女は掃除の仕事をしながら、俺たちを助けてくれたんだ。話を聞きながら時々何かを呟いたりして。そうすると何だか気分が楽になって目の前の作業に集中できたんだ。変な話だけどさ。


 だんだん自分の周りを大事にしようと思えてきたんだよ。これも彼女と話していたら、そういうのをやってもいいんだな、と思えたんだ。



―――

 アーサーが王に相応しいかどうか迷った時、みんなが祈りを捧げると教会の入口に岩に刺さった剣が現れたという……これは、その……身の回りのことを大事にしてみると、見落としているものがあったり、面白いことがあったり、ということを示しているのか……?


 うん、でも、それを見つけたのはあなたの力だよ。私にも与えられていたものは多かったんだ。きっと、それは、カーテンを開いて、静かな木漏れ日の、優しさに包まれたときに見えるんじゃないかな……あんな風に―――



―――

 名作で残っている青い鳥は、これを示していたのか……? 何より探す過程も重要だと……?


 うん、でも、それを見つけたのは君の力だよ。私にも多くが与えられていた。時々呼びかけてくれていたしね。私も、答えればよかったんだね。あの頃の私は、休むことも許されず、笑う事は止められて、はいつくばって、はいつくばって、一体何を探しているのか……いたのか、だね、えーと―――



―――やっぱり終わりから考えるのもいいのかもしれない……あのカモメの言っていたことは真実だったのか……?


 うん、でも、これをやり遂げたのは、あなたたちの力だよ。私にも結構ヒントは与えられていたんだ。帰納って言葉は馴染みが無くて調べるのも後回しになって……うん。やっぱりあれかな「マイノリティ・リポート」。あんな話をどうやって考えるんだろう? ってずっと思ってたけど、もしかしたら―――



―――その場でのアドリブというのは学びの成果だったのか……? 中国の故事から本棚へ、そして私の財布へ……言い間違いを押し通すだけでなく変化を持たせてオリジナルにしろと……?


 うん、でも、それを形にしたのはあなたの力だよ。私にはすごく近くにあったはずなのにね……やっぱりあの「ユージュアル・サスペクツ」のやり方もいいものなんだね。あの人は日系アメリカ人の家に養子に入ったんじゃないかと―――



―――この国の言葉もきっとそうだと思うけど、私の国の言葉には色々な意味が込められていてさ。もしかしたら、その言葉に宿った力が私に見える何かを動かして、私に力を放っていたんじゃないか、と思うんだ。あまりにもそれを強く感じたものだから、そこから逃げようとして、行間とか背景とかに向かったり……そこに見える何かを繋げて絵を描いてみたり……ごめん、何言ってるかわからないよね。


 でも、苦しいながらも得てきたものは血肉になっているように思うんだ。例えば■■■■■■なんかと話していたけど、自分が誰かに笑われてる、みたいに思うと何をやってもそう思っちゃうよね。原因はきっと自分の中の何かだろうって探って来た。そのヒントは「鼻」ってもので……うん。そうこれのこと。


 それで、最近出て来た厄介事の一つだけどさ。無茶を押し付けて音を上げるのを待っていた人たちがムシャクシャしはじめたんだと思うんだ。人間、楽して稼げれば嬉しいだろうけど、自分の力で何かを得るっていうのが何よりの快感なんだよ。きっとね。


 他人の力だけでどうにかなってしまうと、自分は本当に必要とされているんだろうか? みたいなのが首をもたげてくる。そこから逃れようとすると、ちょっとずつ苦しみが増してくる。その苦しさを突き止めようと動き始めれば、自分だけの答えが見えると思うんだけど……うん、それもだよ。ヒントは「芋粥」。自分以外の力で大盤振る舞いされても、だんだん好物への欲求が薄まってきて……まあ、これも私が見たものだから、みんなそれぞれ違うものが見える方が良いんだよ。何より、それが面白いじゃない?


 私たちの国の言葉に「邪魔」って言うのがある。目的を阻害するものを意味しているんだけど、元々は釈迦が修行をする際に出てきた蛇の悪魔のようなものらしいんだ。仏教やその前にあったバラモン教、インドの哲学なんかにも通じると思う。


 インドの神話の中でそれをナーガと呼んでいる。これは男性を現す場合で女性を現す時は、ナギニとかナーギーと言うらしくて……ああ、ごめん、脱線しちゃったね。だから、その、障害は無い方がいいんだけど、全く無いのも違うんじゃないかと思って―――



―――確かにあなたたちはミドルエイジの犠牲者かもしれませんがね。ただ、それを叫んでいるだけじゃ、足が固まっちゃいますよ。周りのみんなを巻き込むのもいいけどね、離れたいと思っている人は離してほしいんです。そうしないと、生み出されるものも、戦闘やイン・アウトが削られて説教臭が強いものに……失礼、堅苦しくなっちゃいますよ。


 私もあなたたちと同じかもしれません。


 Raised to be stupid     愚か者になるために押し上げられ

 Taught to be nothing at all  何にも成るなと教えられる


 でも、それじゃイヤだって思い始めた人を罵るだけじゃ始まらない。私も他人の言葉に助けられて、結構使わせてもらってますがね。それを自分流に組み合わせているのも結構面白いんですよ。だったら、その辺からやってみるのもいいんじゃないかと思ってるんだって。だからね……



Why do you look at me when you hate me?

私が嫌いなら、何で私を見てるんだよ?


Why should I look at you when you make me hate you too?

何で私も同じようにしなきゃならないんだ?


I sense a smell of retribution in the air

空気を伝わって報復の匂いがしてくるぞ


I don't even understand why the f*** you even care

お前たちにどう思われようが知ったことか


And I don't need your jealousy

お前たちの嫉妬心なんぞ要るか


Why drag me down in your misery

お前たちの惨めさに私を引きずり込むんじゃない


―――


 何というか、鬼の形相だったな。あの時は。あんないい子がどれほどの事を経験してしまったのか……いや、いい子だからそうなってしまうのかもな。でも、俺たちは、どこかすっきりしたんだ。これも彼女から教えられたことだと思う。そういう声を一時的に上げる人も何らかの役割があるんだろうって言ってた。


 だから、その辺を少し許容できるようになったのかな。この街の人々が笑顔を見せたら、それが少しでも彼女やその周りの人に伝わってくれたらいいな、なんて願っていた。今もな。


 それにしても、今日はいつも以上に思い出せたな。あんたに話しているからなのか。もしかしたら、今彼女がこの街に来てたりするんだろうか? 俺たちのことを覚えているかな?

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