第58話 こういうことにはみんな積極的なんですよ

Wolf's Stare


―――――

 これでいい?


 うん。


 もしも何か妙な感じがしたら教えて。


 きっと、もう大丈夫だと思うけど念のため。


 うん。お願いね。フリード。


 えーと……どこへ届けられるかわからないけど、いくつか記録しておこうと思って、これを撮っています。もう何人かにお願いしてみるけど、聞いてもらえないときは素直に引き下がろうと思う。とりあえず、まずは私がやってみようと思って。


 私の名前は、現在の名前は、ルドビコ・ファンタズマ・怨曝、です。オンバは怨念を曝す、と書きます。この名前の由来は後で語ろうと思います。


 えーと、まず、話しておきたいのは、私が監禁されていた時の話で……そこに至る過程も重要なんだけど、今はそこから話したい。


 私は監禁されて、拷問されていた。拷問というより実験かな。色々酷い事をされてしまったんだよ。実有は中二病という類のものが救いだったみたいだけど、私に与えられたのは、それの悪い面だったみたい。最近、そう思えるようになったんだ。だから、存在を否定したくはないんだ。


 つまり、様々なフィクションの中にあった拷問の手法を実際にやってしまっていたんだよ。あいつらは。中には現実のものを参考にしたり模倣したりもあっただろうけどね。


 そんな酷い日々の中、私の許に一冊の手帳が現れたんだ。たぶん生徒手帳の類だったと思う。漢字に平仮名に片仮名、懐かしい日本の文字だった。何故私の前にあったのかはわからない。聞き耳を立てて拾ったものを繋ぎ合わせると、付近の山の中にチュパカブラが出た、とかで山狩りが行われたらしい。変な話だよね。でも、実際に山狩りは行われたみたい。その際に持ち帰って来たものの一つがその手帳だった。どうして私の目の前にやってきたかはわからないんだけど。


 そこには幾つかメモが書いてあった。

 私はそれを食い入るように読んだんだ。それを心の支えにしたかったんだ。何しろ他には何にもなかったから。


 そこに書かれていたものの一つが―――


 雨にも負けず

 風にも負けず

 雪にも夏の暑さにも負けぬ

 丈夫な体を持ち

 欲はなく

 決して驕らず


 でも、私の部屋は

 夏は暑くて眠れない

 冬は寒くて眠れない

 そこから見えるものすべてものが

 私には無いすべてのものが

 天国に見える


 毎日毎日眺めていると

 すべてがだんだん憎くなる

 そして憎悪が生きがいになる


 涙を流し

 おろおろ歩き

 褒められもせず

 苦にもされず

 

 そうでない奴らを自分と同じ目に合わせたい

 幸福なものを不幸にしてやりたい


 成りたいと願っているなら

 お前は成っていないのだろう

 お前はそこで何を見た


 祈りの言葉は何処にある


―――


 後から考えてみると、実有が書きそうな文章だと思った。これは詩になるのかな?


 つまり日本の有名な詩と有名な映画のセリフを混ぜ合わせて、そこに自分の想いを混ぜて表した。想像すると、その時の実有は生身の体だったから、一時的にインターネットなどからは遮断されていた。だから検索したり参照したりが出来なかった。


 あの有名な詩も書いた人が亡くなった後に手帳に書いてあるのが発見されたらしい。詩の最後に仏教のある宗派の念仏のようなものが書かれていたみたいで。


 この「祈りの言葉は何処にある」っていうのは、単純に実有が思い出せなかった……と思ってるんだけど、ちょっと聞くのに勇気がいるもので、未だに話せていないんだ……



 それともう一つ、スナッチャー三原則っていうのがあった。


 これは日本のゲームから着想を得たと思う。それとSFの世界で有名なロボット工学三原則を合わせた何かだろうね。


 1.スナッチャーはあらゆる事象を疑わなければならない。

 2.スナッチャーは自らがスナッチャーであることを疑わなければならない。

 3.三原則が三つという事も疑わなければならない。


 よくわからなかったけどね、その辺の事をずっと考えていたんだ。何しろ他にすることが無かったし。


 スナッチャー、というのはロボットか何かだと思った。そして疑う、ということが重要な点だろう。そこから考えてみた。今私の目にしているものは本物か。聞こえる音は、本物か。息をして感じる空気は本物か。そんなことばっかりね。そしてそれを考える自分は本物か。とか。


 そしてだんだんこれの意味がわかってきた。この時の実有はAIについて考えていたんだろうってね。


 あらゆるものを疑う、それについて調べる。それが本物だと信じるためには、その過程は重要だった。そして何かがそこにある、という事実は確定する。もちろん自分の中で。


 では、その自分とは何か、を疑い始める。これにより堂々巡りが発生するけど、徐々に明確なものが見えてくる。まあ、相当疲れたけどね。信じる信じない、というよりも、自分がそうであって欲しい、と思う事。それが今の私を成り立たせているものだ、と思った。もちろん全てじゃないよ。


 そこまで考えた上で三つ目に進む。つまり自分を規定してたものは何なのか、と疑い始める。そうすると今まで考えてきたことの「前提」が崩れる。もう一度初めからやり直しだよ。きっとそうすることでAIの学習システムを構築できると考えたんだろうね。


 そこで何かが見えた気がした。そこから、少し自分の体の感覚がおかしくなったんだ。


 それから幻視をするようになった。上手く言えないけど、だれかの意識に同調したような気がしたんだ。そして徐々にその感覚は増していく。山の上の何かに向かっているように思った。そしてそれを阻む者たちをことごとくなぎ倒す。そんなヴィジョンかな。それをずっと見ていた。いや、見ていたかったんだろう。そしてある時、私に日の光が当たった……


 今は、この辺でいいかな。


 私は、見覚えのある顔が見れて嬉しかった。それと同時にあの手帳を隠さなくちゃって思ったんだ。何でだろうね。でも、私は子供のころからそういうことをやってしまうことが多くてね。後になって何であんなことしたんだろうって思う事が多いんだ。


 慌てていたからカバーと表紙の部分が破れてしまってね。それを渡良瀬が拾ったんだ。


 その後色々あったけど、私たちは彼女を少しでも助けたいと願っていた。私たちはある物語になぞらえて名前を変えた。私はオンバ。もう一人はメアリ・ハドソンから名前を借りた。団長は名前で表しづらかったから、リーダーである渡良瀬にその役目をお願いして、たまたま、ブラック・ウイングと同じ名前を持つ警官がいたから、彼を仲間に引き込んだ。でも、彼はいい人だったんだ。優秀な男だよ。


 あ、そうだ。ブラックスターについて。


 あの話の中でアレックスが悶え苦しむ時の音楽はシンセサイザーが使われていた。私の時も。だから、それとは違うものになりたいと願ったんだ。無茶苦茶だよね。


 音楽の一分野にネオクラシカル・メタルというのがあると知った。クラシックとヘヴィメタルは相性が良かったみたいでさ。その分野の一曲から名前を借りた。そういうこと。でも、意外なのはフリードが生まれた事で―――――

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