第57話 タンデキ

Wolf Side

 俺は魁田と共にモニターの前に座らされ、俺のボス、リュウ・アマミヤの小言をずっと聞いていた。実際のところ成果はあった。病院の周辺にいた勢力は壊滅。俺たちはその一帯を制圧できた。それに例の人間兵器のデータもとれた。アマミヤはその際に何人かを逃がしたことを、ここぞとばかりに責め立てているわけだ。


 俺はボスの言葉のほとんどを上の空で聞いている。考えているのはあの兵器の名前だ。名前のことを任された魁田はラーフと名付けた。理由は話さなかった。俺の想像では「こいつこそ生き延びるべきだ」とでも思ったんじゃないか。


 そんなことを考えているとアマミヤの話は徐々に盛り上がっていた。だが、ある言葉で俺は我に返ってしまった。


「―――これこそが成果だ。私はあのフーリッシュ・ハートとは違う! これからは―――」

「お前にフーリッシュ・ハートと違う点があるとすれば、行動に理念があるかどうかだ。惰性でもやっていけるだろうがな、そればっかりだとお前の中身を粗末に扱ってしまうぞ。お前に小言を言う連中がいなくなったんだ。もう少し自分の周りをよく見たらどうだ?」

「……なっ……」


 呆気にとられているようだ。おそらく反論や反発をあまり経験していないんだろう。俺は間髪入れずに言った。


「その逃げた奴をどうにかすれば文句は無いんだろう? だったら俺が追う。どこまでもな。その間の指揮はそいつ一人で十分だろう。優秀だぞ、そいつは」


 そう言って俺は立ち去っていく。悪いな。元々こうしたかったんだよ。俺の仕事は果たす。それで勘弁して貰おうか。


 俺は織山実有を追う準備をするとともに、入手した映像を見始めた。もう何度目か。だが、まだ気づいていないこともありそうだ。あいつの力への手掛かり。それは何なのか。



Wolf's Stare


―――――

 俺たちは、事業の一部を引き継いでいたんだ。何時頃誰が始めたかはわからない。企みはこうだ。「人の精神を侵すウイルスを物質として現わせないか」、というものだ。


 いくつかの研究や調べ物をして、その物質はヴィトリオルと名付けられた。辛辣な言葉や硫酸を意味するらしい。ある小説の重要な要素でもあるそうだ。


 おそらくだが、これを物質として現わそうとした者たち、もしくはその一部か。そいつらが考えていたのは、最終的には人間が生きるための助けとなる薬を創ろうとしていたんじゃないか、と思うんだ。


 現れてしまった時の毒性とその物質の環境への適応性。それらに即効的に価値を見出した者たちにとって、薬を創ろうとする奴らの反発は邪魔になった。だから、次第に排除されて行った。重要な幹部で大企業の創業者もその一人だろう。


 まあ、俺たちもそいつと組んで色々と悪事を働いてしまったからな。排除した側を責めることは出来ないが、俺の気持ちを完全に抑え込むことも出来ない。見せしめとして娘が攫われたとあっちゃ尚更な。俺は立場も地位も全部捨てて、信頼できる仲間と一緒にそいつの娘を助けに行ったんだよ。あの世での再会なんて絶対にさせない、って一心で。


 どうにか場所を突き止めて、そこへたどり着いたんだけどな。娘が囚われているのはやっかいな場所だった。俺たちと同じような闇社会の奴らのアジトだな。小高い山の上にそいつらの施設はあった。その周りは犯罪組織の土地で警備が厳重だ。麻薬畑もあった。それらを生業にする奴らの一大拠点だったわけだ。狡猾な奴がこいつらと手を組んでその敷地内に居所を構えたってわけだ。


 近くの街で対策を色々と考えていた時だ。ちょっと妙なことが起こりはじめた。その街を含む様々な場所で奇病を訴える者が多くなった。奇病というのも妙なんだがな。元々肉体の大部分を機械と置き換えた者たちだ。機械の部分がおかしくなったなら不調とでも言うべきだ。だが、調べても原因がつかめないんだ。そのまま訴える者は多くなり、さらに不調の場所は大きくなる。そしてついに暴動とでも言うべき状態になってしまった。何故か俺たちは平気だった。


 あの光景は、なんというか、ゾンビが行進しているようだったな。そいつらは何かを口にしながら例の小高い山に向かって行ったんだ。当然、犯罪組織は抵抗する。だが、銃も刃物も役に立たなかった。抵抗したものもそいつらに呑まれ組織の拠点や山にあった施設も全部破壊された。そういうわけで俺は仲間の娘を助け出すことが出来たんだよ。


 あいつらが口にしていた言葉は何故か日本語だった。内容は―――


 雨にも負けず

 風にも負けず

 雪にも夏の暑さにも負けぬ

 丈夫な体を持ち

 欲はなく

 決して驕らず


 でも、私の部屋は

 夏は暑くて眠れない

 冬は寒くて眠れない

 そこから見えるものすべてものが

 私には無いすべてのものが

 天国に見える


 毎日毎日眺めていると

 すべてがだんだん憎くなる

 そして憎悪が生きがいになる


 涙を流し

 おろおろ歩き

 褒められもせず

 苦にもされず

 

 そうでない奴らを自分と同じ目に合わせたい

 幸福なものを不幸にしてやりたい


 成りたいと願っているのなら

 お前は成っていないのだろう

 お前はそこで何を見た


 祈りの言葉は何処にある



―――そんなものだった。娘を助けた俺たちは惨状の中に何かを見つけた。おそらく身分証明書の類だろうな。名前と住所と顔写真があった。何かの手掛かりを得たくて、その住所へ向かってみようと思ったんだ。その旅の最中に仲間の一人の体調がおかしくなった。だが、例のゾンビのようになったり、死に至るようなことは無かった。後で調べると、そいつの体が大幅に変化していたってことがわかった。俺たちと同じように機械の割合が多い体が―――――

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