第56話 少女が見た世界

Ziggy's View


―――私が顕著に感じる安心感である。何かホッとした時にそれが見えることが多いのだ。


 ちなみに、ここからはある人物を語ることになってしまう。だが、その人物もおそらくフィクションということで受け入れて欲しいと求めたと思う。だから、私が描くものも同様にとらえていただきたい。


 私の視界に写るものについて、書物の中に見つけた、と書いた。その中でとりわけ私の感覚に近いと思ったのが、芥川龍之介という作家が書いた『歯車』である。


 短編なのですぐに読める。是非とも読んでいただきたい。


 この話の主人公は芥川自身であると推測できる。ラストシーンは事実であったとの証言もある。そして医学的な考察も色々あるようだ。


 そこで私も考えを述べたいと思う。


 この話の主人公には物心ついてからずっと『歯車』が見えた、という話だ。きっと、私の "A Phantom of the Air" と同じようなものだろう。もしかしたら本当に同じものかもしれない。

 そして、この話にはいくつかの偶然の一致、というものが見られる。ユングが見出したシンクロニシティ、共時性、というものだろう。


 信じてもらえないかもしれないが、私にもこの手の出来事は数多くあったのだ。説明しろと言われると上手く出来ない。自身で経験してもらうしかないが、これは狙っていると来ないものなのである。つまり、私には教えることなどできないのだ。申し訳ない。

 ただ、これが来た時、というのは、高揚感や幸福感と共に、気味悪さや不安、恐怖も湧き上がることもある。その点はおそらく『歯車』にも込められている。

 予言や占いの類を信奉しすぎると躓くことは多い。私もそれを繰り返してきた。今もそのドツボにはまっている最中かもしれない。真実はご自身で見つけていただくよりほかはない。


 これらを前提として考えると、一つの可能性が見えた。それは芥川龍之介の自殺の原因である。原因の一つ、と思うが。


 私の見るところ、芥川龍之介は人の善と悪を共に肯定していた。キリスト教や仏教に関する知識も持ち、生きることを肯定する心が数多く見えたのだ。そんな人間が何故自殺を選んだのか?

 推測は私の経験に照らし合わせた。恐らくその理由は、強迫神経症である。


 芥川を見出した夏目漱石もロンドンから帰って来た後に、この病に苦しんだそうだ。恐らく芥川もその存在は知っていたと思う。だが、他人の状態を見るのと、自分で経験するのは違うのだ。

 強迫神経症は、不安に襲われると何らかの行為を繰り返さなければ安心できず、それをずっと続けてしまうものだ。(※これが絶対だ、などと思わないこと)


 儀式行為、とも呼ばれる。これをずっと繰り返さなければならないのだ。

 つまり、私もそうだった。

 こういう状態が長引くと社会生活は成り立たない。周囲の人間が異常に気付き、何らかの対処へ向かう事だろう。ただし、だ。一部の者はそれを隠す術を身に着けてしまう。そして気付かれる事が無いと、さらにエスカレートすることになる。


 対処法の一つは、儀式行為をせずとも死ぬことは無い、と体で実感できればいいのである。偶然や意図的なショック療法など、様々な解決策はあるだろう。薬で不安を紛らわすやり方も進歩しているようだ。ただ、これは本人が取り組まなければならないことである。本人が快方へ前進しなければならないのだ。


 もしも、物心ついてからの人生において、ある種の偶然が繰り返されるような経験をしていたとしたら?

 好い事、悪い事、どちらでも、自分が思い描いたことが何らかの形で現実に現れることを経験していたら?

 儀式行為をせずとも生存は可能だと頭ではわかる。だが、超自然の力や神秘的な力により途方もない災難が襲い掛かってしまうと何処かで考え、体が反応してしまうと、どうか?


 芥川の言葉、「ただ、ぼんやりとした不安」これは私の経験上実によく当てはまる。

 不安に襲われるあまり、自分の意識を一部解離し、離れたところから見ているような気分になった。そこでは、ほとんど何も感じることは無い。感じるものがあるとすれば、まさに「ただ、ぼんやりとした不安」であった。


 幸いにして、私は現在生存してこれを書いている。

 つまり私はどうにかそのような状況から脱することが出来たのだ。

 その理由は……まあ、秘密かな。でも、全ての人に可能である、と言っておこう。


 あの話の中、歯車が見える際に安心を感じていたとしたら?

 もしも、何らかの形で自分を解放してくれることを望んでいたのだとしたら?


 いくつか、希望的観測を書いておく。

 主人公は、妻の口から語られた言葉に衝撃を受け、そこで物語は終わる。

 私の見立ては、芥川龍之介の不安を歯車が感じ取り、妻の口から語らせることで、彼自身に生きる道を見つけてもらおうと歯車が望み、動いたのではないか、ということだ。


 秘密の一つでもあるのだが、書いてしまおう。

 不安に襲われる状況では、あらゆる出来事に自分を脅かすものが無いかを探すことになる。関係ないところまで無理やり結び付けて、さらに不安に陥ることもしょっちゅうだった。

 少しずつ快方に向かうと、これが強みなっていった。

 つまり、幸せの種を探す力に変わったのだ。

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