第55話 忘却録音

Salt Side

 こうなってしまうと俺の顔は嫌でも曝される。ならば隠し事は無しにしたい。だが、度が過ぎると爆弾のスイッチが押されかねない。この音を流すくらいなら気付かれないかもしれない。今、生存している、ということはそうなんだろう。もしくは見逃されたか。


 今、俺の指揮で沿岸部へ攻撃を仕掛けている。おそらくそこにある病院に彼女はいるはずだ。最初の攻撃にそこを選ぶことで、彼女たちが何かを得てもらう事を期待した。俺に出来ることはここまでだろう。後は奴らに従うしかない。


 そして、そこへ向かって例の人間兵器を送り込んだ。こちらの戦力を計り対策をたてることを期待するが、この場で終わってしまう事も考えられる。これは賭けだ。データを取るための人員が俺と一緒に見守っている。どうなるかな。


 戦闘が続く中、病院から何か黒いものが飛び出した。あれが話に聞く、ルドビコとブラックスターだろう。それになぎ倒されて行く攻撃部隊。その空いた部分を通って車両が一台、猛スピードで駆けていく。どうにか逃げ出せたか。


 そう思っていたが、病院の様子がおかしい。窓ガラスが砕け散り、壁が破壊され、爆発が起きることもある。それが徐々に上の階へ向かう。破壊の度合いは激しさを増し、何かが屋上へ出て来た。見覚えがある姿だ。刀を左手に持ち、右手は……何か妙な色の右手だ。


 実有は屋上で何か仕掛けをしているようだ。俺はそれを記録するように指示し、警戒を促した。どうもその仕掛けが終わったらしい、屋上から脱出するようだ。地上の部隊とヘリ部隊が病院を包囲にかかる。その時、実有は俺の方を見た。俺が見えているのだろうか。そして何かを言った。ここからじゃ聞こえない。音を拾えたかどうかを部下に問い、聞こえるように処理したものを再生してもらう。



「お題目なんか、要らないぜ」



 まったく。この期に及んで何を言っているのか。


 彼女の後ろの扉が破壊され、そこからあいつが現れる。彼女は屋上から飛び降りた。だが、下には落ちない。光喰が外れた精霊が彼女を乗せて飛んでいく。そのままヘリが追跡すると思った。だが、包囲したヘリから煙が上がっている。徐々にそれは数を増し堕ちていく。包囲していたヘリは全て病院の屋上へ落ちた。空には、透明だが何かがある、ように見えた。



Night Side

 私は計略が上手く行ったことを確認する。そのまま地面を走る。不滅たちが用意してくれた場所まで、ただひたすらに。


「なんてこと……こんなことが……」


 走りながら口に出してしまう。私はあいつを知っている。私は……


 もうこれ以上は考えてはいけない。あいつを引き戻すことは出来ない。出来るとしても、それをやるにはブラックバードやハドソンのこと、ひいてはこの街全てを捨てる覚悟がなければできない。私は、戦うしかない。



 今は、あの太鼓の音が救いだった。彼が自らの正体を出来る限り晒してくれたことが。恐らく彼もこの状態を強いられている。きつい状況で仲間が出来た。久々だな、この感覚。



Ziggy Side

 彼女のための準備は万端だ。ずっと備えて来たから。ここから彼女は旅立てる。


 渡良瀬さんから聞かされた。外側と混じり合って力の反発は多少緩和された。でも、実有の影響は未だに強いまま。世界は免疫系を働かせるように動き、実有の生命エネルギーは徐々に減っていく。実有が外へ出て活動可能な期間はおよそ三か月。それまでに目的を達し、この街へ戻ってこなければならない。それを聞いた実有は言っていた。



 エスケープ・フロム……ならぬ、エスケープ・トゥ・オールド・トーキョーってところか。いいんじゃない。映画向きだよ。



 だって。この期に及んで何を言うのか、なんて言ってしまった。すると……



 辛い状況でのユーモアは慰めなんだよ、きっと。



 それも何処かから見つけたメッセージらしい。私はその辺りの事を考えることをやめた。彼女のために出来ることをしていたかった。


 彼女を待つだけとなった時、私はルドビコと二人になって話した。


「ねえ、あなたなんでしょ。この街や秘密の部屋のことを外側に伝えていたのは」

「……そう。私」

「それは、何故?」

「正直言って、もうわからない。ただそれをやることが私を生かしていた。命を繋いでいた。ハドソンが段階を踏んでいく毎に私が入れる力も増していった。止めることは出来なかった」


 私は少し考えて応える。


「……わかった」

「わかった?」

「このことに関しては、街の状態がどうにかなるまで聞かない。だから、この街の為にお互い出来ることをやりましょう」

「……」

「その後は、罵り合うなり殴り合うなり、とことんやりましょう。だから、それまで生き延びること」

「……それで、いいの?」

「ええ。でも、もしも私が怪しい動きと判断したら、容赦なく排除に向かうわ。それは覚えておいて」

「うん」


 そうやってるうちに彼女が現れた。例の右腕を装着している。そのせいか、辛そうだ。でも、身振りで心配無用と示している。私は、彼女に触れることはしなかった。ただ、息を切らしながら何かを呟いているのが耳に入ってしまった。



―――受信料―――徴収―――


―――宗教の―――勧誘―――


―――ある時―――手が―――握られて―――



 彼女はそのまま小型の潜水艇に乗り込む。例のウルトラ・メガ・フロートの技術を海中で展開し船の監視を妨害する。その下を実有が潜水艇で進んでいく。



 乗り込む際に彼女は、少し離れた場所に居た私たちに向かって叫んだ。




 新しく開く店の名前を決めた!


 バック・ペイジズにする!


 私、ずっとページの背景には苦しめられてきたけど、


 それもきっと私に必要だったんだよ!


 ヴィトリオルを喰らって生きる選択をしたなら猶更ね!


 でも、アシッド・イーターズじゃお客さん来てくれないだろうから、


 こっちの方が良いって思った!


 帰ってきたら詳しく話そう!


 だから待ってて! リューバ・ロマックス!



「ちょ……去り際に本名を――」



 そう言って彼女は海に出て行く。そのまま無事に行って欲しかった。すこしして、海を埋め尽くすような船の一部から光や破裂音が起こった。私はスイッチを押す。海から大きなものがせり上がり幾つかの船を転覆させた。私に出来ることはここまでだ。後は自分の仕事と共に学ぶこと。

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