第46話 俺を踏み台にしてくれ

Day Side

 ヴェロニカに身振り手振りで外に出てくることを伝え、端末で話しながら俺は外へ向かう。交渉に向かった者たちのヴァイタル・サインに妙な反応が出ているらしい。俺たちの通信インフラにも少し障害が出ているようだ。地上に出る通路を歩いている時、また連絡が入った。それによると、交渉が行われる予定の壁の一角、暗黙の裡に背中合わせで作られた超高層ビルが空中に浮かんでいる、というものだ。そんな馬鹿な、と思うが今なら起こってもおかしくないように感じる。俺は走って地上へ向かった。


 ヘイヴンの建物の屋上に上がらせてもらい、双眼鏡で件のビルを探す。そして見た。ビルが地面から少しだけ浮いている。ここからだと正確にはわからないが、今は地上から20メートルほど上に浮かんでいる。よく見ると少しずつ上昇しているようだ。仲間からの連絡では黒井たちとは連絡が取れないそうだ。俺はこれを緊急事態と認定し、"G.O."の全エリアに警戒態勢を取らせた。このために、少しずつだが訓練して来たんだ。きっと乗り越えられる。


「ねえ!」


 呼びかけられ振り向く。ヴェロニカが居た。


Ziggy Side

「もしかして、あれ……浮いてるの……?」

「ああ、そうだ。わかるのか?」

「ええ、たぶん……」


 私には"A Phantom of the Air"は見えない。でも、何かが見える気がする。あそこに何かがある。何かが起こっている。それが、わかる気がする。なんなんだろう、これ。


 不滅から"G.O."が警戒態勢に入ったことを聞かされ、私も動くことにした。私がどうにかできるのはヘイヴンのみだけど、そこからみんなが住むエリアへ、さらにその知り合いに力を運んでもらう事が出来るかもしれない。私は仲間と連絡を取り、精霊たちを集めることにした。このために、少しずつだけど備えて来た。きっとうまくやれるはず。


 いくつかの指示を出した後、私は身近な人々を秘密の部屋に連れて来た。ここを避難所や指令所にすることも実有と一緒に進めて来た。どうにか対応できるはず。予定外の出来事が一つあった。ブラックバードだ。彼女は実有が守るはずだった。彼女が居ないときはルドビコが守るはずだった。今はどちらも居ないという。彼女は私と歩いている間、ずっとルドビコの事を気にしていた。彼女も大丈夫だ、と落ち着かせてきたが、私も心配だ。


 私は秘密の部屋に陣取り、外の情報を不滅に伝えてもらっている。ビルは上昇を続け、次第にその速度を上げていったという。いつの間にか"G.O."の上空、それもど真ん中に移動しているらしい。


 秘密の部屋でみんなと少し話している時、突然鳥肌が立った。一瞬意識が飛んだ。そんな気がした。ややあって、轟音が響いた。


「何なの!?」


 地震? でも、何か違う。断続的に轟音が響く。そして揺れは小さい。私は不滅に連絡を取ろうとするが、通じない。秘密の部屋の仲間たちを気遣いながら、呼び出し続ける。そして繋がった。


「不滅、何かあった!?」

「――あ―――う―――そ――……」


 ただならぬ事態だろうか。しばらくすると、しっかりした音声が聞こえて来た。


「……ビルが崩れた……空中で……酷い光景だ……」


 私は何を言っているのかわからなかった。だが、すぐに理解した。相当な高さから、相当な重さのものが大量に降って来た。ビルの中に居た人々はもちろん、地上の人々もただでは済まない。何という事。


 私たちはすぐに動いた。被害状況の確認と負傷者の救助、これに乗じた攻撃への警戒。それらを各自で行う。それぞれはマニュアルに頼ることなく迅速に動ける。鎖国兼冷戦、そんな状態の成果だろうか。私はその考えを脇に置いて、自分の仕事に専念した。


Salt Side

 俺は空から巨大な塊が降ってくるのを黙って見ているしかなかった。どうすればいいのかわからなかったからだ。足も手も動かせず、目をそらすこともできない。まさか、こんな事態になってしまうとは……


 しばらくしてから我に返った。よく見ると周りの人々は行動を起こし始めていた。端末で連絡を取ったり、自分たちの装備を確認したりしている。俺も何かしなくては。とにかく俺の素性を打ち明けよう。その後、どうなるかわからないが、俺の力をどうにでも使って欲しいと思ってしまった。


 黒井に手を振り、やや離れたところから話そうと思っていた時だ。銃声がした。「外側」に居た人々が道を開けていく。そこから武装した一団が現れた。俺たちも警戒を強めるが、今の状態では完全武装の奴等には対抗できないだろう。俺の功罪の一つ。「外側」の連中も強くなっている。


 銃口を向け威嚇しつつ、集団の中から一人が前に出て語り掛けた。


「今は見逃す。お前たちと戦うと、こちらの被害が大きいだろうからな。だが、その男は置いて行ってもらう。これが条件だ」


 俺の事か。当然だろうな。俺も外側の人間だ。俺は黒井たちに「行ってくれ」と言い、"G.O."へ向かう彼等の盾になるようにして、一人で更地に立っていた。


 歩み出て来た男が俺に近付く。


「魁田常周。お前を内乱罪の容疑で逮捕する」


 その男は俺に向かって銃口を突きつける。俺は両手を頭に置いた。そいつは俺の後ろに向かう際、すれ違う一瞬に耳打ちした。


「死に急ぐなよ。大石内蔵助」


 何だと? まさか、こいつは……近藤勇か?

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