第45話 あなたは、私の心を壊してしまった

Night Side

「―――もしも、アドルフ・ヒトラーとナチ党のやってきたことを一つの『失敗例』として見る事ができたなら……当然、これは慎重を要する話だけど。


 彼らのやったことは決して許されることではない。だが、これも学びではないのか?


 人類と世界、それらが生きる『時代という名の怪物』。それには仲間も師もいない。己の経験と痛みから学ぶほかない。人類の歴史は長い。しかし、自分が何であるか、自分たちが何であるか、世界とは何か、それらを知るにはあまりにも短かった。


 私たちの立ち位置はよくわからないけど、もしも『時代という名の怪物』がヘンリー・ジーキルだとしたら、私たちはエドワード・ハイドなのかもしれない。さっき話したような日本の『鬼』の思想にも通じるところもあるように思う。


 怪物の叫びを作品(コンテンツ)とするなら、私たちはその文脈(コンテクスト)に潜むのが役割。鬼の言葉、鬼の鳴き声かも―――」


「ごめんなさい」


 彼女が私の言葉を遮った。顔が険しい。何だろう?


「もっと話していたかったけど、もう時間みたい」

「時間?」

「ええ。時間。始めから交渉なんてものは無かった。私はエコノミック・エンパイアの連中をここにおびき寄せるために力を尽くしてきた。さっきあなたが話した『優しい忘却』の仕組み。私たちに潜む光と闇の力と可能性。私は、それを自己流に使っていた」

「では、みんなは今何をしているの?」

「見せる前に言っておく。安心してほしい。あなたの仲間のこと」

「安心?」

「あなたの仲間ともう一人は、今、地上に居る。これから私がすることにおいては危害は無いはず。その後はわからない。申し訳ない事だけど」

「一体何を言ってるの?」

「窓の傍に立って」

「?」


 私は言われるままに窓の傍に向かう。窓から見えるのは先程と変わらない景色だ。もう日は暮れてるけど。


「そのまま」


 彼女はそう言った。私はそのまま窓を見る。すると窓から見える景色が一瞬にして変わった。


 壁とその周辺の建物は巨大だ。超高層ビルにあたるもの。だが、今見える景色はそんなものからの眺めじゃない。私たちが住む街が遥か下に見える。これは、まさか……


「空中に浮いている? そんな馬鹿な……」

「これは、ウルトラ・マグネティズムという技術よ」


 思わず振り返る。彼女が無表情で私を見ていた。そのまま彼女は私の隣に立ち、続ける。


「私もこの二年、必死にもがいていた。


 あなたたちから貰った技術で強烈な磁力を生み出す素材と、それをコントロールする術を得た。


 このパンドラと呼ばれる壁一体にそれを張り巡らせている。このビルと壁が相互に影響し合い、それをデータとして出力する。上空の衛星がそれらを観測、計算し、調整用のデータとして返す。それによって安定した制御が可能になった。


 ついに『天空の城』が実現。もうクールを通り越してホットよ。願わくばウォームに向かって欲しいけど」


「あなた、一体何するつもり……?」


「強硬で傲慢だった大統領は、自ら監獄にした都市に飛行機ごと落とされてしまった。もしも、私がこのビルを自由に動かせる力を持っていたら?」


「ちょっと!」


「あなたのさっきの動きを見て確信した。あなた、未来が見えるのね」


「……見えるわけない」


「まったく恐れ入ったわ。アンドロメダ病原体でもペルセウス英雄でもなく、カシオペイアとはね。その力を存分に振るおうとは思わないの?」


「……そんな力はあるはずない。仮にあったとしても、使ってはならないはず」


「まあ、いいわ。さっき、あなたに少し妙な感覚があったようだけど、あの時私はこのビルを空中に浮かせ、さらにもう一つのことを同時進行していた。我ながら無茶をしたものよ。最上階にあった『ある部屋』と、私たちが居るこの部屋を入れ替える、ということをね。だから、今私たちはこのビルの最上階に居る」


「……だめ」


「きっと、人の姿は見えない」


 そう言って彼女は携帯端末を取り出し、操作した。


 床が少し揺れた気がした。そして窓から見えた。ビルが崩壊し、バラバラになって地上に落ちていくのが。

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