第44話 さあ、行くんだ。君ならきっとできる

Salt Side

 もう、どれくらい時間が経ったのだろうか。俺はモニターの向こうで交わされる会話にのめり込んでしまった。リスベット七瀬は「実有を逮捕する」と言った。だが、それだけだった。その後「これで義務は果たした」と言っただけで何もしなかった。その後また二人で話し始めた。時に険しい顔を見せ、時には少しだけ笑う。まるで親しい友人の様に。俺にとって二人の会話は、とても新鮮で面白かった。このままずっと二人を見ていたいと思うほどに。


 そういえば交渉はどうなったのだろう? 他のフロアや部屋でしっかり行われているのだろうか? 俺が居なくても平気だったか? それとも俺が居ない方が上手く行っているのか? この映像は他の部屋にも流れているのだろうか? リスベット七瀬の目的は何なんだ?


Night Side

 彼女は貪欲に質問を続けた。子供が親に向けるような眼をしている。私は答えられるものに誠実に答え、わからないものは素直にわからないと返す。そしてまた次のものが。


「この状況、似てないかな? あのコインロッカーに捨てられた子供たちの話と」

「ああ、あれか……そう言われれば、そうかも。でもあの世界の毒は『ダチュラ』って言ったかな。この世界は『ヴィトリオル』。その辺が違う」

「その違いってどんなの? あなたの考えを知りたい」


「ダチュラがもたらすものは、おそらく攻撃衝動や暴力衝動。そして急激にそれを強くする。


 ヴィトリオルがもたらすものは、まあ様々だけど。最初に現れる症状は『憂鬱中毒』。


 その症状をどう扱うかによって道が分かれる


 それを感じることを保ち、自分の内面を探る者たちは過去に出会った問題や課題などに向き合うことを必要とする。それも試練の入口に過ぎないけど。


 それを辿っていくと『自分に何が必要か』がだんだんわかってくる。そして、新たな発見があり、さらなる試練へと進む。要するにこの街の毒喰派と呼ばれる人々がそれ


 憂鬱の原因。その多くを他人に見出す者たちは体に不調が現れる。痛みや動き辛さ、器官の異常、物忘れが多くなるなど。それを補うために様々な道具を作る。それを支える技術も進化させていく。やがて、体の大部分を機械に置き換えることになる。それがこの街の鋼鉄派。もしくは、この世界の大多数――


Salt Side

 俺は扉の方に目をやった。何かが聞こえたような。扉に向かって歩いていく。


 すると、


 ドン! ドン! ドン!


 と扉が叩かれている。


「おい! 誰かいるのか!?」


 俺は扉にへばりついて叫んだ。


「ああ、いる! 閉じ込められているんだ! 出してくれ!」

「閉じ込められた……!? どうやって、こんな……? お前、その、体は無事なのか? 歩けるような状態なのか?」

「ああ、大丈夫だ! 頼む! 出してくれ!」


 扉の向こうで話し合っているようだ。俺の事を警戒しているのだろうか? 何かあったのか?


「わかった。どうにか扉を壊す。少し離れていろ」

「ああ、すまない。助かる!」


 数人で扉を破壊してくれるようだ。何度も衝撃が加わり扉が歪む。そして破壊された。向こうから男が入って来た。こいつは知っている。便宜上だが"G.O."の司法のトップ。黒井だ。


「お前はいったい……なにが起こった? わかるか?」

「いや、俺はここに閉じ込められて……そういえば、あんたたちは? 交渉はどうなった?」

「交渉も何も。俺たちはその場に向かおうとエレベータに乗り込んだんだが、そのまま意識を失ってしまったようなんだ。気が付いたらこうなっていて、"G.O."の代表団が全員……いや、実有がいない」

「実有なら、そこに――」


 俺はモニターを指差そうとした。すると


「知ってるのか!? どこに居る!?」


 黒井が俺につかみかかって来た。無理もないと思ったが、その瞬間に痛みが走った。


「がっ!!」


 黒井は慌てて離れる。


「あんた……外側の人間か。そりゃそうだな。悪かった。今の俺たちの状態はよくわからなくてな……」

「いや、大丈夫。それは俺もさ」


 俺は胸を押さえて話す。苦しいが、どうにかできるな。


「ちょっと外へ出してくれ。外の空気が吸いたい」


 そう言って扉の向こうへ向かった。


 だが、ちょっと待て。 外の空気? 何を言ってるんだ俺は? ここは最上階だ。窓は開かない。では、肌に感じるこの風は?


 扉から出て俺が見たものは、巨大な更地に俺の居た部屋だけがあった、というものだ。


 俺が居たと思っていたビルは影も形もない。俺が居た部屋だけがどういうわけか厳重にコーティングされて守られていた。交渉に来たと思われる"G.O."の人々の他に、双方の住人が気味悪がって遠くから見ている。壁に巨大な風穴が空いてしまったわけだ。一体どうなる? というより、どうなってしまったんだ?


「おい……あれ……」


 誰かが指差した。俺はその先を見た。


「何だ……あれは……」

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