第43話 大いなる神秘に近付くためには、物事のあらゆる面を知らねばならぬ
Night Side
「エコノミック・エンパイア……? それは……」
「まあ、大部分といっても実際はほんの一部よ。彼らは何処にでも居て、何処にもいないようなものだから」
「ちょっと、何を言っているのかわからないんだけど」
「わかるはずよ。あなたなら」
彼女は私を見据えた。真っすぐに私の両目を捕えている。執念か。わかるところから答えてみよう。
「もしも、あの本を読んで感化されたなら、私の主張が少し受け入れられたのかもしれない。私は書いた気がする。インペリアル・エコノミア(経済主義帝国)について」
「そう。続けて」
「冷戦を形作った資本主義と共産主義の対立。その構図はわかりやすかった。人々の欲望とそれを縛る規範について。それは遥か以前から続いているものだ。今この時も。
ある経済学者が言ったようだ。経済の成長はあたかも『見えざる手』によって導かれているようだと。
人類の歴史。人々の営み。もしもそれらが一つの総体であり、世界全体を『見えざる手』によって動かし、生かしているとしたら?
私もその一部であることは間違いない。では、私の苦しみは何故生まれるのか?
立ち向かうべき相手は何なのか?
仮想の敵に向かって吠えたてるべきなのか?
すべては謎だ。未だにわからない。だから何かがある、ということを仮定し、私はそこに生き、何らかの役割を果たし、だれかが後を継いでくれることを期待しつつ、日々を生きる。私が生きる巨大な何か。あえて名付けるならば
インペリアル・エコノミア(経済帝国)
そんな感じだったかな?」
「その通りよ。でもね、私が見出した巨大な何かは少し違った。
本当に悪い奴はとんでもないところに居る。
そして、それは決して私たちには見えない。
だから私を苦しめているものは『インペリアル・エコノミア』ではない。
それらの尖兵となって働き、利益をかすめ取る者たち。
私が見出した奴等に名前を付けるとするならば、それは、
エコノミック・エンパイア(経済的帝国)
そんなところよ」
「それで、あなたの目的は?」
「まあ、あなたに最後の『教授』をお願いしたくてね」
「教授?」
「あの店、『レディー・スターダスト』と言ったかしら? そこに貼ってあるもの。あれこそ、私が求めたものだった。妬けるわ。あえて答えを書かないことがあなたのやり方だと思っていたのに。それを店に貼りだしておくなんて」
「それって、あの『反ロボティクス三原則』のこと? あんなものは、世界に溢れてるよ? 私はそれに乗っかってみただけだよ」
「違うわよ。まったく……」
彼女は少し俯いた。震えているようにも見えるが。しばらくして顔を上げた。
「まあ、私の目的はあなたを逮捕することです」
「逮捕?」
「ええ、この二年ほどの間に神奈川、埼玉、千葉で通り魔被害が多発しています。そしてそのエリアを中心にこのパンドラの建設が進んだ。それも驚くほどスムーズに。その間、住人たちから妙な話を聞いた。透明な何かがうごめいているようだ、とか。石像や彫刻、看板に描かれたキャラクターなどが動いたり話したりしているようだ、などなど。そして通り魔の噂も。
かれらの話をわかりやすい物語にすれば。
パンドラの箱から出て来たデーモンが我々を襲っている。
"G.O."の中で『シェリフ・シックス(Sheriff 666)』などと呼ばれている忌まわしき鬼の王、デーモン・ロードが自ら箱を破ってやってきた。
今この周辺にはそいつの使い魔がうごめいている。
それに共感する者、反発する者、さまざまだけど、その辺りの人々の顔は活き活きとしていた。それがパンドラを作り、さらに強化させる原動力となった。それは今も続いてい居る。
これは、あなたが図ったんでしょ?」
「正確にはヴェロニカから『頂いた』ものだけど」
「それは罪を認めた、と取っていいかしら?」
「ええ、その通りです」
「織山実有。あなたを逮捕します」
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