緑の飛竜

 地表に張り出した根を飛び越えながら、振り仰ぐほど高い木々の間を進む。天気は悪くないのだが、鬱蒼と茂った木々の葉が陽光を遮っていて、森の中は早朝のように薄暗い。花は少なく、地表には苔が多いようだ。色で酔いそうなくらいに緑色ばかりが目に付いた。


 「ところでお姉さま、つかぬことをお聞きしますけれど」

 「なに?」

 「聖剣を鞘から抜くと幻術が解けてしまうんじゃありませんか? ワイバーンの一頭や二頭ならともかく、群れともなると鞘のままでは大変ですわ」

 「ああ、それね。うん……それなんだけどね……」


 ここ数日の間、わたしは毎日のように幻術を使っている。べつに趣味というわけではないが、なんだかんだでミスティアさんの姿を借りざるを得ない場面が多かったのだ。一度はまた本人と鉢合わせしかけて、慌てて魔法書のページをめくって隠密の幻術を探したりした。つまり、幻術レベルがものすごい勢いで上がっているわけで。


 ゆっくり聖剣を鞘から引き抜いて構えてみても、幻術が解けたような感覚はなかった。


 「こんな感じで、幻術が聖剣の力を越えちゃったみたいなの、ってアイノには元から幻術なんて関係ないだろうけど」

 「さすがはお姉さま、もう一流の幻術使いですね!」

 「剣聖でも幻術使いでもなく家具職人なんだけどね……」


 日を追うごとに崩壊していくアイデンティティにため息をついていると、古く乾いた木材が軋むような音が聞こえてきた。音はいくつも重なり呼応し合い、それを追うように冒険者たちが大声を上げる。


 「東側の崖近くに五頭! まだいるぞ、気を付けろ!」


 そんな言葉が聞こえてきて、わたしたちは目を見合わせて頷き合った。そろそろ警戒しなければ。


 「ちょっとした疑問なんだけど、ワイバーンってどうして森に棲み着きやすいのかな。図体は大きいし、空も飛ぶし、こんな狭苦しい場所は合わないんじゃない?」

 「春から夏の時期、食べるものを求めて森に降りてくるそうです。こういう場所が狩りに向いているようで」

 「狩り……動きにくいのに?」


 こんなところで羽ばたけば梢に当たって仕方ないと思うのだが、それでも森を狩場に選ぶのはどうしてだろう。そういえば、先日のワイバーンは翼が折れ曲がってもわりと機敏に動いていたっけ。だとすれば、飛竜だからって必ずしも飛ぶとは限らないのか。


 「上です!」


 わたしが上を向いたのと、アイノが叫んだのはほぼ同時だった。ワイバーンのあぎとは眼前にまで迫っていたが、パリィできないほどではない。間一髪のところでかわし、羽魔法で大きく羽ばたいて距離を取る。


 「保護色だから狩りがやりやすいわけね……」


 新緑のような色の鱗を揺らめかせて、ワイバーンが木の軋むような鳴き声を上げる。地上からはっきりとは見えないが、樹上にはまだ何頭か群れのワイバーンがいるはずだ。わたしたちふたりだけでは多少手間取るかもしれない――と身構えたそのとき。


 「落ちろおおおおおお!」

 「落ちてますうううー!?」


 聞き覚えのある声と、小枝が無数に折れる音が重なって、樹上から三頭のワイバーンが一気に落ちてきた。


 「『ボルテクスウィード』!」


 一頭のワイバーンの背に乗っていたキュエリが、いつも通りコンパスを突き刺し、電撃の魔法を詠唱する。ワイバーンの体表が青白い電撃に覆われ、その巨体から白い煙が噴き出す。


 「もひとつおまけに持ってけ!」


 続いて飛び降りてきたアルティのハンマーに頭を思い切り殴り飛ばされ、ワイバーンはそのまま地に伏した。


 「私たち、通りすがりのドラゴンスレイヤーですー」

 「まず一頭! 助太刀に来たよ、おふたりさん……ん?」


 と、アルティがこちらを見て怪訝な表情になる。イルマ先生の姿をしているのだから、その疑いも然るべき。いちいち説明するのも面倒なので、わたしは思い切って幻術をディスペルした。


 「説明はあとで! とにかく残りのワイバーンをなんとかするわよ!」


 ゆっくり話している間もなく、最初のワイバーンがこちらへ突進してくる。空腹で気性が荒くなっているのか、目の血走り方が尋常ではない。王都で戦った魔物も大概こんな眼をしていた気がする。


 突進をパリィしつつ、聖剣の切っ先をワイバーンの身体に沿わせる。岩すら軽々と切り裂く聖剣にとって、ワイバーンの鱗ごとき藁を斬るのと大差ない。傷を負って怯んだワイバーンの背に飛び乗って脊椎の中央を突き刺すと、それだけでワイバーンはその場にくずおれる。

 今までこんな魔物と戦った経験はなかったのだが、聖剣を手にしていると身体が勝手に動くのだ。自分でもちょっと怖い。


 アイノは大槍を優雅に振り回し、穂先で撫ぜるように少しずつワイバーンを追い詰めていく。王女さまが魔物と戦い慣れているわけはないのだが、それを感じさせないほど堂々たる槍さばき。まさに王者の戦い方だ。

 最後にはワイバーンの牙をひらりとかわし、やはり背中を軽く突き刺した。腹部や首に比べて背中の鱗は薄いため、ベテラン冒険者は必ず背中を狙うのだという。


 こちらがスマートに倒している一方で、アルティとキュエリの二人組はハンマーで叩きまくり、コンパスを突き刺して電撃を流し、どうにかもう一頭を始末していた。


 「おつかれ。それで、リシアはこんなところでなにしてっ……ふふっ……なにそのかわいい恰好」

 「い、いいでしょべつに。そっちこそ、たまの休みなんだから大人しくしてなさいよ」

 「こんなおいしいイベントに参加せずして、冒険者は名乗れませんー!」

 「そもそも誰ひとりとして冒険者じゃないし、あとドラゴンスレイヤーでもないからね」


 そんな、普段と特に変わらないやり取りを、アイノがにこにこしながら眺めている。


 「そっちの子は、リシアの友達? 現場では見ない顔だね」

 「あー、いや、えっとね……」


 さすがにこの国の王女さまだと紹介するわけにもいかず、言い訳を考えていたのだが。


 「はじめまして、わたくしはアイノ・サングリーズと申します。お姉さまの義理の妹で、ついでにこの国の王女などやっています」

 「ちょっとアイノ、身分は隠すつもりじゃなかったの」

 「お姉さまのお友達であれば問題ありませんわ。それに、そちらのドラゴンスレイヤーさんは知らない相手でもありませんし」

 「あ、あああ、アイノさま……? そんな、冗談ですよねー? まさか、そんなはずが」


 アイノの名前を聞いて、キュエリがちょっと壊れていた。王女さまと面識があるのは意外だが、そういえばこんなのでも貴族のはしくれだったっけ。


 「お二人とも、どうぞよろしくお願いいたしますね」


 王女殿下に家具職人、それから大工と測量士。職業だけでもおかしいのに、全員が近接攻撃特化の前衛のみ。パーティ編成は個人の強さよりもバランスが大事だと言うが、その通りだと思う。

 このパーティ、明らかにバランスが崩壊している。

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