女王の資格

建具士らしい仕事も、束の間。

 王都トゥルクの顔である王城、その建具や調度の品質は当然のことながら国内最高峰の水準を誇っている。

 石造りの城なのだから窓回りも石なのかと思えば、滑らかな円と曲線で構成された美しい木製の装飾桟トレーサリーが配されていたり、城内の塔を上る吹き抜け階段の手すり子バラスターには王家の紋章が象られていたりと、細やかな職人技がこれでもかと詰め込まれているのだ。こんな場所の建具を一手に任されて、楽しくないわけがない。


 「お姉さま」


 部屋の中央のテーブルにはこれまた精緻な木象嵌が施されている。何種類もの色味の異なる木材を組み合わせて描いているのは、荒ぶる風竜ジラントの姿。ジラントは首を高くもたげて空を仰ぎ、その首元には青白い魔力の輪が何重にも連なっている。王都を襲った暴風はこのように放たれたのだろう。

 ちなみに、全体的に欠けが多かったこのテーブルの脚は精霊樹の端材で継いでみたが、欠けた部分をあえて大きめに削ることで、天板の木象嵌と似た模様を作ってみた。なかなかの自信作だ。


 「お姉さまったら!」


 窓からの採光がしっかりしているためか、室内は非常に明るい。石積みの建物にありがちな冷たく無骨な印象は薄く、白漆喰と木製建具がうまく調和して全体が柔らかい雰囲気になっていて――。


 「ちょっとはわたくしにも構ってください! 主命です!」

 「そう軽々しく主命とか使わないの。アイノの言葉は重いんだから」

 「重くて結構。本気で言っているんです!」


 王城の居館、その中でもひときわ豪華絢爛な応接室。風竜による被害が特に大きかったその部屋の一角で、わたしはひたすらハンマーを振るっていた。

 躯体の損傷は石工のみなさんによって修繕済みだが、数百年前の名工の手による芸術的な建具には技が及ばず、そのままになっていたのだという。そこで、建具士の面目躍如とばかりに破損した建具や家具を直しているのだが、袖に縋りついてくる雇い主はそれがいたく不服らしい。


 「お姉さまは御用建具士ですけれど、わたくしの護衛でもあるのです。ちゃんとお仕事をしてもらわなければ困りますわ」

 「仕事はそれなりにやってるつもりだよ。建具士としても、護衛としても」


 夜になるとリントゥを呼び出して市壁の周りを巡回させているせいか、あれから羽毛のゴーレムは一度も現れていない。時折市壁を越えてくる魔物はミスティアさんの姿を借りて叩き返していたが、結界礎石の設置が終わってからは魔物の姿も見かけなくなった。


 結界礎石が仕上がったことで市壁のコンクリート打設も完了したのだが、本当の勝負はここからの養生期間だ。

 通常のコンクリートは四週間ほどを掛けて目標の圧縮強度――呼び強度に到達するが、巨獣の灰を原料とするコンクリートは強度の発現性が良いため、一週間もすれば通常のコンクリートの四週強度と同等の強度が得られる。養生期間もかなり短縮されるものの、手間がなくなるわけではなく、定期的な散水を欠かしてはならない……というようなことをキュエリとアルティが話していた。

 そんなこんなでアルティは忙しそうにしているが、わたしにはほとんど仕事が残されていない。わずかに残った施工管理の業務もキュエリに引き継いでしまったし、この状況で建具士らしい仕事をするなと言う方が無理な話で。


 「でしたら、わたくしが外出すると言ったら護衛に付いてきてくださいますか?」

 「まあ、それくらいならいいよ。お仕事の範疇だし」

 「本当ですか!?」


 アイノはぱっと表情を明るくして、わたしの腕に縋る力を強くする。


 「あの、作業してたところだから、あんまりくっつかない方がいいよ。王女さまのきれいな髪に木くずを付けたら、不敬罪で入札資格停止になりそう」

 「公共事業は請けないのがお姉さまたちのポリシーなのでしょう?」

 「実際、そうなんだけどね。でも、汚れてるのは気になるから、出かける前にお風呂に入ってもいい? 急ぐんだったらいいけど」

 「いえいえ、どうぞごゆっくり。その間にわたくしも外出の準備をしますから」

 「準備? 散歩に出るくらいじゃないの?」

 「今日はほんの少し、遠出をしたい気分なので」


 そう言って笑うアイノの表情には全く影がなく、わたしはすっかり気を緩めてしまっていた。遠出と言っても近くの森まで歩くくらいだろうと高をくくっていたのだ。


 「……やられた」


 風呂上り。着替えを入れておいた籠に入っていたのはいつも通りの普段着ではなく、やたらめったらとフリルの付いたエプロンドレス、そして王家の紋章がくっきりと刻印された鋼鉄の胸当てだった。脱いだ服はなくなっているが、当然のことながら聖剣はそのまま置いてある。


 貴族の感覚は一般人とはかなりかけ離れていると聞くけれど、サングリーズ王国の王女さまにとっての『ほんの少しの遠出』とは、どんなものなんだろうか……。

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