最大の失敗

 「今のところ、進捗はだいたい予定通りです。大きな事故も起きてはいませんが、ひとつの重大事故の背景には29の軽微な事故、300の異常が隠れていると言います。普段から小さな危険に注意を払い、安全な施工を心がけてくださいね。今日もゼロ災でいきましょう」


 羽毛のゴーレムと戦った翌朝。朝礼後のツールボックスミーティング――危険予知活動とも言う――を終えて、それぞれの作業場へ向かう職人たちを送り出す。


 着工から一週間。既設市壁の撤去から、掘り方、均しコンクリートの打設まで終わって、基礎工事はほぼ完了した。後は型枠代わりの石材を積み上げ、配筋してコンクリートを打設していくだけだ。

 城壁塔の再建も並行して進んでいるし、ほとんど言うことがない。材料調達についても、リントゥとアルティの合わせ技で大量輸送が実現していて、既に必要な建材をほとんど確保できている。

 こうなってくると、下請けさんからの報告書に目を通すくらいしかやる事がない。今日も現場事務所にしている仮設の天幕の中で、のんびりコーヒーを飲みながら書類仕事をしていたのだが。


 「フレデリシアさん、少しよろしいですか?」

 「あ、アンテロさん。お久しぶりです。お仕事の方は大丈夫なんですか?」


 珍しく、宰相のアンテロさんが現場にまで出張ってきた。

 城下町の復興事業もひと段落したようで、一日中聞こえていた無数の槌音も今は随分少なくなった。アンテロさんの仕事も落ち着いていたのかと思ったのだが、実際はそうでもないらしい。

 あの、羽毛のゴーレムがその原因だ。


 「これがなかなかで。キュエリさんの主導で結界の張り直しを進めているところですが、結界礎石が何者かに破壊され続けておりまして」


 アンテロさんの話によれば、王都の結界は市壁に配されたいくつかの結界礎石によって起動するらしい。キュエリが行っているのはその礎石の設置と修復なのだが、直しても直しても夜ごとに壊されていて。その原因が例の羽毛のゴーレムかもしれないと言うのだ。


 「昨夜現れたゴーレム……どうも北限の魔王ヒーシの使い魔ではないかと言われているんですが、どうやらそのゴーレムが結界礎石に知者の毒杯を掛け、魔力を吸収して破壊していたようなのです」

 「そんなものが王都に出たんですか……?」


 極力、驚いた風を装う。夜の散歩ついでにやっつけてしまったので、あれが魔王の手下だと言われてもあまり実感が湧かない。


 「こう言ってしまうとなんなんですが……フレデリシアさん、その件についてはご存知ですよね?」

 「え、いや、あの、キュエリはそういうこと、わたしたちに話さないので」


 あれ、話が不穏な方に転び始めた、ような?


 「こんな状況ですから、昨晩は私も見回りに出ていたのです。ちなみに、松明の灯りは市民を不安がらせますから、見回りの兵士にしか持たせていませんでした。キュエリさんもヴァザーリ卿も、灯りは持っていなかったでしょう?」


 確かに、あのゴーレムの姿を見るまでキュエリもバルーンライトを使わなかった。いや、待て待て。まずどうしてわたしがあの場にいたみたいな話になっているんだろうか。


 「羽毛のゴーレムを倒した妖精族の女性、彼女はエイリールさんの名を名乗っていましたが、あの薄暗さですから誰ひとりとして顔は見ていない。報告にもそう上がっています。ただ――偶然、暗視魔法を使っている人間があの中に紛れていたとしたら?」


 暗視魔法はかなり特殊な魔法だ。犯罪に使われやすいということで、その習得法は厳重に管理されているはず。使えるのはそれなりの位にある職業軍人か、国家の重鎮クラスだと聞くが、そういえば目の前の人は重鎮だったっけ。


 「……なにが言いたいんです?」

 「いえ、ここまではちょっとした余談なので、適当に聞き流していただければ。ここからが本題――サングリーズ王国宰相としての、お願いです」


 ひとつ咳ばらいをして、アンテロさんは大国の宰相に相応しい威厳を備え、言葉を続ける。


 「フレデリシアさん、あなたには王城付の御用建具士になってもらいたい。特例として、城内での帯剣も許可されることになった」

 「……え?」


 王城付の御用建具士となれば、王国最高の建具士も同義。それは本当に名誉なことなのだが、帯剣という言葉があまりにも異質すぎて、素直に喜べるはずもなく。


 「台地の風竜ジラントだけではなく、北限の魔王までもがこの王都を狙う今、我々には何よりもまず、この国を守るための剣が必要なのだ」


 国を守る、剣。聖剣使いであることを知られただけでは留まらず、なんだかとんでもない役目を押し付けられようとしている気がする。というか、そもそも。


 「それ、ミスティアさんじゃだめなんですか。わたしよりもよっぽど適役だと思いますけど」


 アンテロさんが長い息をつき、その表情から宰相としての威厳が消える。


 「フレデリシアさん、あなたはこの王国の成り立ちを知っていますか?」

 「あまり、森の外のことに興味がなかったので……」

 「では、簡単にご説明しましょう」


 サングリーズ王国を建国した女性は、世に言うところの聖剣使いだった。

 彼女は邪悪なものを見抜く瞳を持ち、あらゆるものを切り裂く聖剣を持ち、この平野に巣くっていた魔王を北限の地へと追いやった。

 彼女の血統に連なるサングリーズ王家、中でも女性の王族には先祖返りを起こすものがあり、始祖と同じく聖剣に選ばれ、破邪の瞳を持つものが現れるのだという。当然のごとく、その力を得た女性が次の女王となるわけなのだが。


 「あれ……いまの王さまって男の人じゃありませんか?」

 「今の国王は先代の夫が代行しています。先代女王の死後、力を受け継いだ子供はまだ幼く、成長してから選剣の儀を行うこととなったのです」


 選剣の儀、というのは読んで字のごとく、選ばれし血統の子が聖剣を手にする儀式のことだ。この儀式を経て新たな女王が誕生する。


 「その話だと、ミスティアさんが聖剣に選ばれたんじゃないんですか?」

 「あの方は王家の傍系の出で瞳の力を持たず、破邪の瞳は直系のアイノさまが受け継いでおられました。当然、アイノさまも聖剣に挑戦されましたが……結果はご存知の通り、聖剣は傍系のミスティアさまを選び、王家の瞳と剣の力は二つに分かたれることとなったわけです。こうなると、どちらにも王位の継承権は発生しない」


 破邪の瞳を持たず、聖剣を手にしたミスティアさん。

 破邪の瞳を持ち、聖剣に選ばれなかったアイノさま。

 ほかに力を持つ者がなければ、このふたりのどちらかが王位を継ぐことになる。しかし、ふたつの力を合わせ持たなければ女王たる資格はない。なんだか、きな臭い話になってきたような気がする。


 「……ちなみに、瞳の力って後天的に――その、直系のアイノさまが亡くなった場合に、ミスティアさんに移るようなことはありうるんですか」

 「いいえ。破邪の瞳は先天的なもので、他者へ移ることはありません」

 「もうひとつ、いいですか。聖剣って、所有者が亡くなった場合には別の人間の手に移るんですよね。その場合、一度選ばなかった人間を選ぶこともあるんですか?」

 「聖剣はその時代に生きる適格者のうち、最も自らに相応しい者を選ぶとされています。フレデリシアさんの仰るようなことも起こりうるでしょう」


 ここまで来れば、王国が求めているストーリーはほとんどわかってくる。


 「結局、わたしにはアイノさまの護衛をせよと、そう言いたいわけですか。アイノさまには、王位継承に必要な二つの力を併せ持つ可能性が残されているから、ミスティアさんよりも政治的な価値がある。風竜との戦いでミスティアさんが倒れることはあっても、アイノさまに危害が及ぶことがあってはならない、そういう話ですよね」


 いや、それどころではない。もしかすると、戦いの混乱に紛れてミスティアさんを亡きものにする計画があったって不思議ではないのだ。そうなればアイノさまが聖剣に選ばれ、晴れて王位の継承が行われる。


 「大筋はその通り、申し開きようもない。しかし、それでも我々はアイノさまを失うわけにはいかないのです」

 「せっかくですけど、政治のいざこざに巻き込まれたくはありませんので、今回のお話は辞退させていただきます。いくら宰相だからって、やっていいことと悪いことがあるんじゃありませんか」

 「いや、こちらとしてもフレデリシアさんを巻き込むのは本意ではないのです。妖精族との不可侵協定もありますし。ただ――」


 アンテロさんはやけに苦い顔をしている。きっと、個人としてはこんな方法を取りたくはなかったんだろう。抗いようもない、例えば有力貴族から圧力を受けているのかもしれない。

 と、世界の闇に思いを馳せていると、外から駆け足の音が近づいてきた。軽くて間隔の短い足音は子どものものだろうか。と、天幕の入り口の布が大きくはためき、なにかがこちらを目掛けて飛び込んできた。


 「お姉さま!」


 金色のふわふわしたものが、わたしに抱き着いてくる。さらさらの長い髪、白くてほっそりとした腕。華美を誇ることなく、それでも最高の素材で作られたドレス。思わず一歩後ずさると、空と水を混ぜたような色の澄んだ瞳がこちらを見つめている。

 振り返れば、アンテロさんが胃の痛そうな顔で頭を垂れている。


 「……フレデリシアさんを登用することについては、そちらの方が提案されたのです」

 「この子って、あの、もしかして、そんなまさか」


 うろたえるわたしに、金髪の女の子はにこりと上品に笑って見せた。


 「アイノ・サングリーズです。お姉さまのファンで、向こうのお城に住んでます。これからどうぞよろしくお願いしますね」


わたしのファンで妹で雇い主になるかもしれないアイノさまは、両手でしっかりとわたしの手を握ったのだった。

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