白鳥のパルタモ(のふりをする)

 まず、落ち着いて状況を整理しよう。


 前方には人型をした黒い羽の塊がいる。たぶんゴーレム系の魔物。ディスペルが通用するなら一撃で倒せるはずだ。ただ、ヴァザーリ卿の苦戦具合を見ていると、安易にディスペルの間合いまで近づくのが不安ではある。できれば剣を抜いて近づきたい。


 周囲には兵士が十人ほど。この距離からだと誰の顔も見えないし、セイクリッド・パイルの閃光でみんな目が眩んでいるはず。加えて、顔見知りはヴァザーリ卿とキュエリだけ。どうにかして正体をごまかしてゴーレムを倒したいが、いまさら幻術で姿を変えるわけにもいかない。


 となれば、姿の似ている人間のふりをするのが筋である。


 「『ムートス・アーニ』エイリール・パルタモ――キュエリさん、私リシアじゃないわ。エイリールよ。巨獣のあぎとで会ったでしょ?」

 「え、あっ、あれ? エイリーさんでしたかー?」


 声だけを変化させる幻術を使い、エイリーの名を騙る。ごめんエイリー、悪用するわけじゃないし許して。と、心の中で謝ったのだが。


 「エイリール……まさか、あなたが白鳥のパルタモか……!?」

 「今はミスティア様と行動を共にしていると聞いていたが」

 「吹き飛んだ手足も治癒の力で元通りに繋ぎ直すとか」

 「生身の人間を鋼のごとく強化する加護魔法の使い手だと聞く」


 あれえ……? しばらく見ないうちにあの子はどうなっているんだろうか。なんだか笑える二つ名まで付いているし。


 「キュエリさんはみんなを守って。私はあいつをなんとかする」

 「わかりましたー! せめて灯りを点けますね。『バルーンライ」

 「『ディスペル』! あら、ごめんなさい。ちょっとディスペルが滑ったわ。呪いを解こうと思ったんだけど」

 「ディスペルが、滑るー……?」


 危なかった。うっかり照明なんて付けられたらおしまいだ。ごまかすにしたって限度というものがある。


 「いいからみんな下がって。知者の毒杯を受けてる人は一番後ろへ。いま来た兵士さんたちも一緒に退避してね。あの魔物、どんな攻撃をしてくるかわからないし」


 のんびり誘導していると、羽の塊がずるずると鈍い音を立てながらこちらへ近づいてきた。ちょうどいい射程に入ったので、なにはともあれまずは一発。


「『ディスペル』!」


 発動とともに、羽の塊がばだはたとその場に崩れ落ちる。所詮は魔法生物、ディスペルの敵ではない……とちょっと勝ち誇っていると、地面に落ちた羽の塊がうぞうぞと集まり始める。今度は人間の倍ほどの腕を五本ほど生やし、その辺りに落ちていた兵士の剣を持ち上げていた。


 「なんだか、さっきより強そうになってませんかー?」


 キュエリの不安は的中していた。羽毛のゴーレムは目が覚めたように機敏に動き始め、五本の剣を振り始めた。聖剣を抜くと――ちなみに、声だけの幻術なら聖剣の力でディスペルされることはない。先日実証済みだ――いよいよわたしを脅威として認識したようで、全ての剣がこちらへ殺到してくる。

とはいえ、ミスティアさんほどの技の冴えはない。ゴーレムの攻撃を軽々とパリィしながら、一本、また一本と長い異形の腕を斬り落とす。聖剣で斬られた部分は再生できないようで、新たな腕が生えてくることもなく。最後の一本まで追い込みはしたのだが……。


「お父さま! しっかりしてください!」


 キュエリの悲鳴に気づいて周囲を見れば、ヴァザーリ卿を含め知者の毒杯を受けた兵士たちが軒並み激しく衰弱していた。身体の各所に浮かぶ赤紫の文様は不気味な輝きを増し、宿主の生命力を荒々しく喰らっているようで。


 ふと、巨獣のあぎとに刻まれていた知者の毒杯を思い出す。

 あれはたぶん、亜竜の生命力を使って瘴気を生み出していたのだろう。対して、今回は周囲に瘴気が満ちている様子がない。ヴァザーリ卿たちの様子を見ると、毒で苦しんでいるというよりは単純に力を奪われているようだ。


――つまり、奪われた生命力が別のことに使われているんじゃないだろうか?


 「『ディスペル』!」


 ゴーレムが怯んでいる隙に、ヴァザーリ卿と兵士たちにディスペルを掛ける。さすがに高位の呪術を同時に複数ディスペルするのは難しいかと思ったが、それは杞憂で。知者の毒杯は拍子抜けするほど簡単に消え失せ、その場にいたほぼ全員が驚きに目を見開く。


 「知者の毒杯って解けるのか!?」

 「光る剣みたいなものが見えたけど、あれが聖杖ってやつなのか?」

 「さすがは白鳥のパルタモ、知者の毒杯をこんなにも簡単に解呪するとは……」

 「さっきの剣技はー……それにディスペルー……?」


 ヴァザーリ卿ですら感嘆の息をついているというのに、キュエリはひとり訝しげにこちらを見ている。いらない所で鋭さを発揮しないでほしい。


 羽毛のゴーレムに向き直ると、案の定動きが鈍っていた。周囲の人間に掛けた知者の毒杯がこのゴーレムに魔力を供給していたのだろう。だからどんなに攻撃を受けても蘇っていたのだろうが、こうなっては格好の的でしかない。

ゴーレムは溶岩スライムにも劣るスピードでのろのろと腕を伸ばし、ついには剣を取り落とした。最後の力を振り絞って知者の毒杯を使おうとしたらしいが、発動を待つほどの余裕と優しさは持ち合わせていない。


 「『ディスペル』!!」


 今度こそすべての力を失ったゴーレムは、ずぶ濡れの羽毛の山となって動かなくなる。聖剣を振って水気を落とし鞘に納めた途端、兵士たちから歓声が上がった。調子に乗って治癒魔法のひとつでも使おうかと思ったが、キュエリの鋭い視線を感じてやめておいた。下手なことをしてボロを出すわけにはいかない。


 「他にも似たようなのがいると厄介だから、私は市壁のあたりを一回りしてくるわ」


 そう言って立ち去ろうとすると、キュエリがとてとてと走って近づいてくる。顔を見られる程ではないが、誰にも聞かれないように話ができるくらいの距離。


 「あのー、エイリーさん……ミスティアさんはどちらにー?」

 「ミスティ? あの子なら、たぶん城門の方にでもいるんじゃないかしら」

 「……そうですかー。では、お気をつけてー」


 いやにあっさりしたキュエリの言葉に違和感を覚えつつも、とにかく急いでその場を後にして、こっそりと土木事務所に戻ったのだった。

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