御用建具士、フレデリシア・スバントラ

なぜだか、御用建具士に。

市壁の改修はまず既設の石積みの撤去から始まった。


破壊されたとはいえ、風竜ジラントから一度は王都を守った大市壁。そこにつぎ込まれた石材は想像を絶する量であり、とてもすぐに撤去できるような代物ではない。いくらアルティが重量を無視できるとは言っても、ひとりでできることには限界がある。


「あれが重機ゴーレムね……今までの現場じゃ見たこともないけど、王都だと普通に使われてるの?」

 「もっと小さいのは使うけど、これだけ大きいのはあたしも初めて見るよ」

 

重機ゴーレムは、簡単に言ってしまえば巨人だ。人間の手で行われる繊細な作業を、はるかに大規模なスケールで行うことができる。

目の前のデリックゴーレムは腕に強靭な鉄鎖を絡めていて、地上の作業者が玉掛け――デリックやクレーンの先に荷物を結びつける作業――を行い、石材の搬出を進めていた。

ゴーレムの材料となる石材はそれこそ山とあったので、着工してからすぐに10体ほどのゴーレムが確保できた。実際はまだまだ造れるが、これ以上は建機魔導士オペレータの数が追い付かない。


 「正直、こういう作業は全部ひとりでやるつもりだと思ってた」


 市壁の外、撤去した石材で作った即席の休憩所。昼食のパンを食べながら、改めてアルティの姿を見る。灰色の作業着に、革の作業手袋、脇に置いてあるのは鉄製のヘルメット。ここ最近はあまり見ることもなかった完全装備だ。


 「分業できることは、ちょっと非効率でも分業した方がいいんだよ。たぶん、あの時のあたしはそういうところで間違ったんだと思う」

 「それ、本当にアルティが間違ってたの? できることをしちゃいけない決まりなんてある?」


 わたしだって、職人さんたちの言い分はわかる。

 田舎から出てきたぽっと出の大工が、誰よりも速く安く正確な仕事をして、他の職人たちの仕事を奪ってしまう。それが気に食わないのは当然で、業界が成り立たなくなるのも、まあわかる。


 アルティが手を引く、というのは単純な解決策だけれど、だからと言って賢い解決ではなかった。王都の職人さんたちが変われば――この業界の枠組み自体を変えることができれば、もっといい解決を導き出せたはずで。


 「ありがと、リシア。でも、やっぱりあたしは間違ってたんだよ。そういうことにすればみんな納得できるんだから、それが正解なんだと思う」

 「正解って……!」


 あまりにも他人事なアルティの態度に、思わず語気を荒げそうになるけれど、なんとか抑える。今は実のないことで口論をしている場合じゃない。


 「見回りに行ってくる。くれぐれも、無理だけはしないようにね」

 「リシアもね。最近ちょっと働きすぎてるんじゃない? 急ぐ仕事だけど、休める時には休みなよ」


 そう言いながら、アルティは再び手袋をはめてヘルメットを被り、仕事の装いになる。腰に提げたポーチには使い込まれた道具がぎっしりと詰め込まれていて、どの道具も古びているが丁寧に手入れされていることが伺えた。

彼女がどんな人間かと聞かれれば、この姿を見せるだけで事足りる。


――トゥルク市壁改修工事の滑り出しは怖いほどに順調だった。


 重機ゴーレムの活躍もあり、既設石積みの撤去、それから周辺の掘削まではとんとん拍子で仕事が進んだ。コンクリートの打設に関してはほとんどの職人が素人同然だったものの、陣頭に立つアルティとヴァザーリ卿の指示はすぐ施工に反映され、現場はこの上なくスムーズに進んでいた。


アルティに対して含むところがあった職人たちも、今回の仕事に対する不満は漏らさず、工程の調整にも協力的だ。アルティを含め、職人というものはとにかく口下手で、言葉で分かり合うことは難しい。彼らは口で言葉を話す代わりに、自らの手仕事で対話をするのだ。だから、同じ仕事へ真剣に向き合っている人々ならば、必ず分かり合うことができるはずで。当初は険悪だった関係も少しずつ、けれど確実に改善の兆しを見せていた。


 わたしの方は施工管理から黒竹の扱い方に関する指導、加えて新たな門扉の彫金細工と職人稼業に大忙しで、腰に提げた聖剣のことはほとんど気にも留めていない。たまに襲ってくるワイバーンをミスティアさんの姿で撃退してみてはいたが、剣を振るう機会と言えばそれくらいで。


 これで、ようやく普通の職人に戻れる……なんて思ったのがよくなかったのかもしれない。


 「フレデリシアさん、あなたには王城付の御用建具士になってもらいたい。特例として、城内での帯剣も許可されることになった」

 「……え?」


 宰相アンテロさんからの言葉で、浮ついた気持ちは一気に現実へと引き戻されたのだった。帯剣を許された建具士ってなんなんだそれは。

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