設計完了、いざ施工へ

 市壁の改修設計は大詰めを迎えていた。

 中央土木事務所の裏庭には建築模型――設計検討のための、スタディ模型と言うらしい――が設置され、細部の仕上げに至るまで、ほとんどの仕様が確定しはじめている。わたしがパンを食べたりワイバーンを叩いたりミスティアさんに化けたりしている間に、ふたりは真面目に検討を重ねていたようだ。感心感心。


 「やっぱり、損傷が激しい北側の幕壁カーテンウォールはすべて作り直すべきだと思うんですー。あ、ここで言ってるのは構造の上で荷重を負担しない方の帳壁カーテンウォールじゃないですよー?」

 「どっちのカーテンウォールも知らないから……あのねキュエリ、アルティも、ちょっと話があるんだけど。設計ができたなら、もう施工に移るのよね?」


 まあね、とアルティは歯切れが悪い。


 「実のところ、わたしの方でほとんど職人の当てはつけてるの。アルティには複雑な思いもあると思うけど、みんな市壁のためなら手伝ってくれるって。あと、工事監理だけど……キュエリ、別に責めてるわけじゃないけど、あなたには別の仕事があるわよね?」

 「……別の仕事と、言いますとー?」

 「市壁の結界の張り直しとか」

 「ぅえっ!? み、見てたんですかー!?」

 「うん……苗字もヴァザーリだったりするわよね?」

 「えっ、キュエリってあのヴァザーリとおんなじ名前なの!?」

 「いや、あのヴァザーリだから」


 アルティがヴァザーリの娘を知らなかったのも無理はない。キュエリは設計者として名前を表に出したことはなく、ヴァザーリ設計事務所を代表して出てくるのはいつも父のヴァザーリ卿だった。

 顔見知りの多い王都では心配ないが、外に出ればヴァザーリの名前を目当てに近寄ってくる手合いも多い。そんなわけで、外で仕事をする際にはキュエリ・シーカーと名乗っているのだという。このあたりのことは彼女の父親から直接聞いた。


 「騙すような形になってしまって、すみませんー。父の言い付けで、街の外で出会う同業者には偽名を名乗るようにしていたんです。お二人になら、そろそろ本名を伝えてもよいかと思っていたのですがー」


 キュエリは至極申し訳なさそうにしていたが、わたしたち、とくにアルティはそんなこと気にもかけない。


 「いいよいいよ。名前が違うだけで、別の人に化けてたわけじゃないんだからさー」

 「そっ、そうね。化けてたわけじゃあるまいしね」


 一瞬あれを見られていたのかと焦ったが、そんなわけがない。そんなわけ、ないよね?


 「お二人とも、ありがとうございますー……あ、化けていたと言えばこの間、西の市壁にワイバーンが」

 「ああ、ごめん、ちょっとまって。話はまだ終わってないの」


 剣聖ミスティア、あるいはその偽物の活躍を喧伝したかったであろうキュエリは不服そうだが、その話は極力避けておきたい。


 「実は、工事の全体監理をヴァザーリ卿にお願いしようかと思ってるの」

 「お父さまに、ですかー……」


 半ば予想はしていたようだが、キュエリの表情は暗い。


 「市壁は直さなきゃいけないけど、それと同じくらい結界の復旧は急がなきゃいけない。だから、キュエリには主に魔法技師として動いて欲しいの。でも、その、お父さんと仕事をするのが嫌なら……」

 「い、いえっ、嫌ではないんですー。こういう仕事なら、お父さまに手伝っていただくのが間違いないと思いますー!」

 「あたしも、ヴァザーリ卿が入ってくれた方がいろいろと楽かなあ。アンテロくらいならあたしからでも口利きできるけど、王族に便宜を図ってもらうなら、爵位を持ってるヴァザーリ卿が味方にいた方がいい」


 ヴァザーリ卿は設計士なので、アルティとは仕事が競合しなかった。というわけで、アルティが妖精の森に引っ込んでからも仕事を回してくれていたし、他の職人ほど確執が深くない……というのも調査済みだ。

 わたしだって、毎日ただ無為にパンを食べていたわけではない。


 「じゃあ決まりね。実はもう、明日の朝一で打ち合わせをセッティングしてるから」

 「それってさー……あたしも出なきゃダメ?」

 「あのね、わたしたちは今回、工事の元請けなの。わかってるわよね?」

 「いや、わかってるけど、でも、でもさー」

 「駄々こねないの。キュエリだって頑張るんだから」

 「わっ、私頑張るんですかー!?」


 設計者なんだから当然でしょ、と言ってわたしは打ち合わせの資料作りを始める。


 先行きは不透明だけれど、いつだって先行きが澄み切っていることはない。

 わからない仕事は不安だけれど、わかりきった仕事に楽しみはない。

 職人の仕事っていうのはそんなものだ。

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