ふたりのミスティア

すぐに逃げようとして後ろを振り向くと、


「あ、ミスティ、なにしてたの? 急にいなくなるからしばらく探しちゃっ……た……?」

「ミスティアさまー! 先ほどはありがとうございまし、たー……?」


ミスティアさんを捜しに来たエイリーと、ミスティアさんの姿をしたわたしを追ってきたキュエリが並んで呆然としていた。


――あ、詰んだ。


「エイリー、その人から離れて。キュエリさんも。それは私の偽物です。もしかしたら高位の魔族かもしれません」


 そう言って、ミスティアさんは剣を抜く。

 まずいまずい。彼女だって聖剣使いなのだから、わたしのように剣術レベルがとんでもないことになっているはずで。となれば軽くあしらって逃げるのも難しい。

 しかも高位の魔族なんて勘違いをされた日には、命までとられかねない。加えてわたしは幻術を維持するため、聖剣が抜けない。詰んだ。完全に詰んだ。

 カミングアウトか死か――あるいは、カミングアウトして死(社会的に)――それくらいしか選択肢がない。


 「でも、こっちのミスティアさんはさっき、ワイバーンを退治してましたよ……? 私を守ってくれましたしー」

 「さっきまでは私服だったと思うけど。でも、ワイバーンを倒したのが本物のミスティなら、私服の方が偽物ってこと? 確かに、鎧に着替える時間はあったかも……」


 なんだか、予期せぬ偶然で運がわたしの方へ向いてきた。これは行けるかもしれない。


 「二人とも騙されないでください! 私こそ、本物のミスティア・ランドグリーズです」

 「な、にを……?」


 突然の言葉に、本物のミスティアさんは目を白黒させている。まあそうなりますよね。ミスティアさん本人だけは、自分が本物だとわかっているんだから。


 「もしも私が魔族なら、街を襲うワイバーンをわざわざ退治しますか? それも鎧を着て駆けつけてまで。偶然その場に居合わせたなら戦うかもしれませんが、それにしたって多少は被害が出るように仕向けるでしょう。そちらのキュエリさんは結界を修復していたわけですし、高位の防御魔法も使う。事故に見せかけて死んでもらった方が好都合ではありませんか」


 ミスティアさんは偽物わたしがあまりにも大胆に開き直ったので呆気に取られていたが、思い直したように剣を握りなおす。


 「言葉でならなんとでも言えます。ならば剣で語るまでです。口がどれだけ達者でも、力までは付いて来ませんよ」

 「望むところです」


 どうやってもこんな展開になるような気はしていたけれど、とにかく問答無用でディスペルを食らわなかったのは幸いだ。まずはミスティアさんの力量を確かめようと、小声でステータスを唱える。これが通じなければ、ミスティアさんの剣術レベルは127以上であり、わたしに残される選択肢は逃げの一手のみだったのだが。


 「えっ?」


 スキルレベルは難なく確認できたのだが、あまりに意外な数字に驚いて再確認してしまう。確かに人類としては高い数字だけれど、もともと剣術をやっていて、さらに聖剣を抜いてもこの程度なんだろうか?

 じゃあわたしの抜いた剣って、一体……。


 「来ないのなら、こちらから行きます!」


 ミスティアさんの鋭い刺突がわたしの肩口を狙う、が。


 「『パリィ』」


 魔物を相手にするよりは格段に難しかったが、とりあえずパリィには成功する。わたしが安心に息つく一方、ミスティアさんは目を見開いて物凄い形相をしていた。恐れや怯えを見せるわけにはいかず、勇気でどうにか対面を保っているような様子だ。


 「私の剣がパリィされるなんて、ことが……?」


 最近わたしが教本で読んだ話によれば、パリィは相当な実力差がなければ成立しない。剣術レベルにしてだいたい30くらいの力量差が目安だというが、人類トップクラスのミスティアさんにとって、自分の剣術レベルを30も超える生き物がいたら、魔王とかそういう種類の化け物に見えるだろう。


 「『デュアルスタブ』!」


 これも最近読んだ剣技だ。傍目には一度しか突いているように見えないが、実際には避けようもない二点で刺突する技。点として捉えると避けられないが、面として捉えてしまえば簡単に回避できる――とのことだったが、文章を読んだからといってパリィの性能は変わらない。こんなものは感覚だ。


 自分の剣――たぶんわたしを除けば限りなく人類最強に近い――が全く通用しない状況に、ミスティアさんの悲壮感が強まっていく。


 「ねえ、結局どっちが本物のミスティだと思う? 見た感じは私服の方だと思うんだけど、強いのは鎧の方よね。ちょっと強すぎる気はするけど……」

 「私は断然鎧の方ですー!」


 今度は別の意味で不穏な状況になってきた。

 このまま行くと圧倒的に強いわたしが本物のミスティアさんだということになるが、だからと言ってミスティアさんを斬り倒すわけにもいかない。とはいえ、彼女の方は命を賭してもわたしを倒す気らしく、剣を引く気配がない。

 このままでは埒が明かないので、わたしはミスティアさんの剣先を避けながら懐に潜り込み、静かに告げた。


 「敵意はありません」


 反射的に横薙ぎにされた剣を避けて退く。ミスティアさんは多少冷静さを取り戻したようで、緊張は解けないものの、敵意は薄れた。


 「見ての通り、私はあなたよりも少しばかり強いんです。その気なら、すでに三人とも斬っています」

 「そうでしょうね……あなたほどの使い手に太刀打ちできる者は王都にはいないでしょう。剣筋を見ていれば、邪悪な存在でないこともわかります。ですが、どうしてこんなことを?」

 「やむにやまれぬ事情があり、姿と名を知られるわけにはいかないのです」

 「亜竜の件もあなたの仕業ですか?」


 うわあ、さすがは剣聖。勘がいい。


 「なんのことでしょう? とにかく、今後もあなたの姿をお借りすることがあるかもしれません。悪用はしませんのでご心配なく。というわけで、この場は見逃していただけませんか」

 「ひとつ、条件があります」


 ミスティアさんは剣を収めつつも、その瞳から闘志を失ってはいなかった。


 「私の力があなたを上回った時には、それ以降私の名を騙らないと約束してください」

 「……約束しましょう」


 まあ、このレベル差なら私が負けるということはまずないだろうが、相手は努力の剣聖だ。もしかしたらもしかするかもしれない。その時には、わたしが剣聖を廃業するだけの話だが。


 「ではまた、どこかで。『ファントム・サーヴ』」


 本で読んだばかりの、辺りに煙を発生させる幻術を使い、三人の目を眩ませる。あとは羽魔法を使って一気にその場を離脱し、建物の陰で変身をディスペルした。

 街路に出てから振り向けば、ミスティアさんは霧が晴れてもしばらく立ち尽くしていて。


 「いつか必ず、あなたを倒します……」


 そんな決意の言葉を背に聞きながら、わたしは小走りでその場を去ったのだった。

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