出る杭と、その孤独

――家具づくりは孤独な仕事だ。


家具に限らずたいていの工芸品はひとりの意志により、ひとりの手でつくられる。そこに他者の手は要らないし、誰かに口出しされることもない。自分とものの対話だけがあればいい。


 しかし、建物づくりは違う。

 仕事を取り仕切る棟梁がいれば、その下にはたくさんの職人が付いている。大きな仕事にもなれば専門性に応じた下請けを使うこともあり、一件の仕事に関わる職人は膨大な数に上る。

何十、何百という職人が集まって、ひとつの建物の完成を目指すのだ。問題が出ないわけがないし、人間関係のこじれだって出てくる。認識の食い違いが現場に深刻な問題をもたらすこともある。

それでも力を合わせるのは、ひとりでは成しえない仕事がそこにあるからで。


「つまるところ、アルティさんは有能すぎたんです」


 スノラさんのため息が、がらんとした土木事務所に大きく響く。

これが冒険者ギルドなら、くすぶっている冒険者連中の騒ぎ声もあるだろうが、土木事務所にはそんな手合いが全くいない。だべっている暇があるなら、ひとつでも仕事をする。ジャンルを問わず、職人には『口より手を動かせ』派の人間が多い。そんなこんなで、今日も土木事務所を訪れる者は少なく、スノラさんもわたしとお茶するくらいには余裕があった。


「あの子、腕だけはいいから」

「そう、腕がよかったんです。ただ腕がいいだけなら歓迎されたでしょうし、事実アルティさんが王都に工房を開いてからしばらくは、悪い噂なんてひとつも聞きませんでした。むしろ、職人以外の街の人々からも好かれていたくらいです。力持ちの妖精さんが、どんな建物でも直してくれる、と」


かつてアルティ・スバントラはお人よしだった。今も大概だが、それに二重も三重も輪をかけて、自分の利益をまったく顧みないような子だったのだ。経営者としては最悪だが、少なくとも人格者ではあったと思う。


腕は一流、性格もよく、多くの報酬を求めない。耳ざわりのいい言葉ばかりが並んでいるけれど、実際にはそういう職人はいない。いないということは、つまり生き残れないということだ。


「アルティさんが貰っていた報酬は一般的な大工の時間給に換算すれば妥当な線でした。いま思えば、そもそもその考え方がいけなくて。報酬は時間ではなく、仕事量に対して支払われるべきだと、誰かが気づいていればあんなことにはならなかったはずなんです」


あまりにも有能すぎる人間は、周囲の人間を相対的に無能に見せる。


スノラさんの話によれば、アルティは今まで通りのペースで、かつ周りと同じような時間給で仕事をしていたのだという。かくして品質、安さ、速さともに王都一となったアルティは、王都の建設業界全体を危機に陥れた。

なにしろ、ほとんどの仕事をひとりで仕上げてしまうのだ。あらゆる案件がアルティの元に集まり、仕事は職人に行き渡らない。誰にも悪意がないのに、苦しむ職人が増えていく。


そんな状況を自覚したアルティは、誰から言われるでもなく自ら工房を畳み、ひとり妖精の森へと戻っていったのだという。


「王都の職人たちは誰もアルティさんを恨んでなんかいません。けれど……また一緒に仕事ができるかと言われると、それはまたべつの問題ですね。理屈の上ではわかっていても、気持ちがどうしても付いてこない。職人って、そういう頑固な人ばかりですから」

「スノラさんはどう思う? やっぱりアルティが悪いのかな。それとも、アルティを受け容れられなかった王都の職人が悪いのかな」


 スノラさんはしばらく言葉を選んでから、はっきりとこう答えた。


 「誰も悪くありません……なんて言えたらいいんですが、それはきれいごとですよね。良かれと思って仕事をしたアルティさんも、彼女を越える術を見いだせなかった職人たちも。それから、王都を出ると決断したアルティさんも、彼女を止めなかった職人たちも。みんなが悪いんです。だから、みんながみんなに謝るべきだと思います。私だって謝りたいんですよ。あのとき、私にもできることがあったはずで」


 言葉の端々に悔しさをにじませながら、スノラさんはきゅっとこぶしを握る。


「あの子はたぶん、自分が全部悪いと思ってるのよ。謝ったり、謝られたりする前に一方的に逃げてきて、全部の責任を勝手に背負いこんで」

「ずるいんですよ、あの人は」

「ふふ、言えてるわ。アルティってずるいよね」


裏庭から豪快なくしゃみが聞こえてきて、わたしたちは声を潜めて笑い合う。


「あのね、スノラさん。ちょっと相談があるんだけど――」


きっと、今からでも遅くはない。

謝りたいのに謝れないのなら、謝る場を作ってやればいいのだ。それこそ無理やりにでも。

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