市壁と彼女たちの問題。
鍵は竹筋コンクリート
中央土木事務所の裏庭で、アルティとキュエリはひたすらコンクリートの強度試験を行っていた。
今朝からずっと、コンクリートのテストピース――筒状に成型した供試体のことをそう呼んでいる――をあの手この手で試験して、つぶしては割り続けている。呼び強度がどうとかスランプがどうとか意味のわからない言葉が飛び交う中、わたしはパンをかじりながら剣術の指南書を読んでいる。
亜竜との戦いの後、王都へ戻ったわたしたちは中央土木事務所の一室を借り、市壁の改修事業に着手した。
キュエリはヴァザーリ設計事務所へ報告に行った後ですぐ戻ってきて、設計士としてこの事業の中核に携わってくれている。どうも王都に実家があるようだが、本人は帰りたくないらしく、わたしたちと一緒に中央土木で寝泊まりしている。
アルティは毎日のように手を変え品を変えながらコンクリートのテストピースを作り、そうでない時はキュエリと一緒に図面を睨みながら計画を練っている。
わたしの方は、中央土木から発注される小規模な修繕を請け負ったり、暇に任せて剣術の指南書を斜め読みしたり、王都のおいしいパン屋さんを探したり、それなりに充実した日々を送っていた。市壁については手伝えることもないし、あとはなりゆきに任せるだけだ。
――そんな考えが楽観だったとわかるのは、もう少し先のこと。
「巨獣の灰は天然の水硬性石灰をたくさん含んでるから、そのままでもセメントとして使えなくはないね。スリヤの砂を細骨材として混ぜてやると安定するみたいだから、モルタルはこの構成で決まりだと思う。」
「粗骨材については、せっかく近くに大河があることですし、川砂利が無難かと思いますー。塩分の心配もありませんし。コンクリートとしてはそれで完璧ですけれども、市壁ほどの構造物を作るとなるとー……」
「そうなんだよねえ。あれだけの大スパンだと、普通にやったんじゃどうしてもクラックが出るし」
なにを言っているのかわからないが、要するにコンクリートの目途自体は立ったようだ。ただ、コンクリートは固めれば石になると言うほど単純なものではなく、打設時の温度や塩分濃度、打設後の養生など、気を付けることがたくさんあるらしい。
「とりあえず配筋、してみますー?」
「でも、今の王都は建築特需でしょ。余ってる金属なんてなさそうだし、木筋っていうのもなあ」
コンクリートは圧縮に強いが引っ張りに弱い。
例えば、木材は木目の方向に割れやすい。逆に、木目と直交する方向には割れにくい。コンクリートにもそういう力学的な特性があるのだとキュエリに聞いて、なんとか理解はできた。
コンクリートの場合は、引っ張りに強い鉄などと併せることで弱点をカバーするのだと言うが、そうそう都合よく鉄の棒が大量に転がっているわけもなく。
あ、でもべつに金属に限った話でもないんだろうか?
「ねえ、よくわからないんだけど、竹じゃだめなの?」
「竹かあ。コンクリートには水分もあんまりよくないんだよ」
「竹で家具を作るときは火入れして水気と油を飛ばすの。熱で柔らかくすれば変形させるのも簡単だし、黒竹なら下手な金属よりも丈夫になるわよ」
黒竹、というのはここから南の森林地帯に群生している竹で、伐る前は普通の竹と変わらないのだが、伐ってからものの数時間で金属のように硬化する特性を持っている。金属と違って低コストだし、硬化が早すぎて建材にはほとんど使われないから数も十分だ。
「竹筋コンクリートか……! 試してみる価値あるかも!」
ふたりはにわかに盛り上がって市壁の構造計算をはじめたけれど、わたしには関係のない話だ。設計にしろ、材料調達にしろ、わたしにできることはほとんどない。施工管理は手伝うつもりだったが、そもそもどれくらいの人員が動かせるのかもわからない。
「ねえ、計画を立てるのはいいんだけど、
盛り上がっていたふたりが急に静まり返る。
「べつに、あたしたちだけでもできなくはないっていうか、なんとかなるんじゃない?」
「そうですよー、アルティさんなら私と同じくらい今回の設計を熟知してますしー」
「ふたりとも、王都で仕事をしづらい理由があるんじゃない。他人を頼りにくい理由、っていう方が近い?」
反論がないということは、つまりわたしの予想が当たっているということで。
少し前から、どうして同業者に協力を求めないのか不思議に思っていたのだ。パン屋さん探しの合間に街を見渡せば、復旧工事も佳境に入ってきているのはよくわかる。人よりもどちらかと言えば物が足りないような状況だし、市壁修繕の人員はいくらでも確保できそうなもので。
最初は設計が固まるまでのことかと思っていたが、それにしたってアクションが少なすぎる。
「どんな理由か知らないけど、変な意地張らない方がいいわよ。ふたりがやらないなら、わたしが協力者を集めてくるから」
巨獣のあぎとであれだけ後先を考えなかったふたりが、今は神妙な面持ちで言葉も返せずにいる。
わたしからすれば亜竜を上回る問題なんてあるわけもないので、なんにせよこの話にはとっととケリをつけてしまいたかった。ふたりとも腕はいいんだから、例えば人間関係の問題くらいならどうにかなるだろう……と思っていたのだ。
そんなわけで、その日からわたしの協力者探しがはじまったのだった。
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