もうひとりの聖剣使い、家具職人はひっそり暮らしたい。

 竪穴を飛んでショートカットし、巨獣の喉元へ着いたあたりで三人組のパーティを見かけた。


 先頭に立つのはまだ二十歳にもなっていないような人族の少女だ。長く鮮やかな赤毛を編み上げてまとめ、銀の髪留めで留めている。胸には巧緻な彫金が施された胸当てブリガンダイン、手を保護するガントレットにも装飾と軽量化のための溝が美しく刻まれている。服装を見るに、たぶん高貴な血筋の人なのだろう。


 手に握られた剣は、わたしの聖剣と違いかなり細身で、刺突に特化しているようだ。武器としてどうかはさておき、ここにつぎ込まれた彫金の技も相当のものだ。柄に金の象嵌で刻まれた紋章は……最近、どこかで見たような気もする。


 脇に控えた人族の老人は鎖帷子と板金を組み合わせた甲冑を着込んでいるが、こちらの装飾は少なく、むしろ無骨な武人風だ。手にしている巨大な戦斧は、たぶんわたしの背丈くらいある。アルティなら振り回せるだろうが、それこそ魔法の助けなしに使える代物とは思えない。


 さて、最後のひとり。妖精族の魔法使いだが、この子には見覚えがあった。栗色の長髪といつも自信ありげな表情は見間違えようもない。なんで魔石付きの大層な杖を持っているのか、そもそもどうしてこんな場所にいるのか、疑問は尽きないが、それはお互い様で。


 「え……リシア? アルティも? え? どうして?」

 「エイリーじゃん! え、なんでなんで? その杖なに? 王都の工房はどうしたの?」

 「ちょっと急に畳みかけないでよ。そっちこそどうしてこんなところにいるの? アルティはともかく、リシアが洞窟に来るなんて相当じゃない?」


 杖を両手に持ちながら混乱しているのは、わたしたちの幼馴染であるエイリール・パルタモだ。生まれた枝こそ違うものの、三人とも比較的歳が近かったので、よく一緒に遊んでいた。

 この子もイルマ先生の下で細工師としての腕を磨いていたことがあり、金属細工が専門だった。しばらく前に森を出て王都に工房を開いたとは聞いていたが、こうして会うのは久々だ。


 「わたしたちの方は、やむにやまれぬ事情でコンクリートを打設することになったの。それで材料探しに来たところ。そっちは……あんまり職人って感じの集まりじゃないね」

 「それはそうでしょうよ。なんて言ったって亜竜を倒しに来たんだもの」


 わたしたちは三人とも、自分の血の気が引く音を聞いたと思う。少なくともわたしには聞こえた。


 「へ、へえ……えっと、そちらは王都からの討伐隊のみなさん?」

 「そうよ。王都の騎士団はジラントとの戦いでボロボロだけど、亜竜ヴルカンを放置するわけにもいかないから、私たちに白羽の矢が立ったわけ」


 私たち、とは言うものの、わたしの記憶が正しければ、この子だってまともに戦うような技能は身に着けていなかったはずだ。攻撃魔法も人並みで、あの亜竜を倒すほどとは思えない。しばらく見ないうちに何があったんだろう。

 エイリーに気を遣ってか、残りの二人は距離を置いて待っている様子だったが、やがて人族の少女の方がこちらへ歩み寄ってきた。


 「初めまして。エイリーのご友人の方ですか?」

 「あ、あの、はい。エイリーとは幼馴染で……フレデリシア・スバントラです。家具とか建具を作ってる職人です」

 「アルティ・スバントラ、大工です!」


 あまりにも雑な自己紹介に戦慄していたのだが、


「魔法使いのキュエリですー……」


 同じくらい雑なのが後ろにいた。そもそもあの命中率で魔法使いを名乗るのはおこがましい。全魔法使いに謝るべきだ。


 「キュエリさん……? あの、どこかでお会いしたことがありませんか?」

 「いえ、ないですーっ! わ、私なんかが、あの剣聖ミスティア・ランドグリーズさまと知り合う機会なんてありませんっ! 望外の喜びでございますーっ!」

 「そんなに大したものではありません。力よりも名の方が先行してしまって、自分でも恥ずかしく思っているところです」


 ミスティアさんは高貴な雰囲気に反して謙虚な人だが、手にした剣の存在感はとてつもない。似たような剣が一本わたしの腰に提げてあるが、旅立つ前に作った鞘は可能な限り魔力を遮断するようにしてあるから、聖剣だと気づかれることはないはずだ。


 「この剣に選ばれたおかげで強くなっただけで、私自身はまだまだ未熟ですから。与えられた力に報いるためにも、亜竜くらいは倒さなければ」


 ああ……こんなにも使命感に溢れた剣聖さんが後から来るとわかっていれば、無理に亜竜を倒したりしなかったのに。

 とはいえ、「採集の邪魔だったので亜竜は始末しました」なんて言えるわけもない。


 「みなさんは下から来られたようですが、亜竜の姿は見かけましたか?」

 「いえ、わたしたちはその、亜竜と戦えるほど強くないので……さっさと材料だけ集めて逃げてきたんです」


 真っ赤な嘘でも、わたしたちの面子を見れば真実味はある。

わたしは剣を提げているだけのひ弱な妖精族だし、アルティのハンマーだってどう見ても戦闘用ではない。しかも、ひとり魔法使いを名乗っている子はコンパス持ちの測量士と来ている。本当に、このパーティでどうやって亜竜を倒せと言うんだろう。


 「もう安心してください。みなさんが安全に材料を採集できるよう、亜竜ヴルカンは私たちが必ず討ち果たします」

 「あんたたちは戦闘向きじゃないんだから、亜竜が暴れ出す前にここを出なさいよ。あとは私たちに任せなさい」


 エイリーの上から目線の喋りが気にはなったが、まずはこの場を自然かつ速やかに離れるのが先決だ。下手に亜竜を倒したことがバレれば、聖剣のことからなにから説明しなければならなくなる。それだけは勘弁願いたい。

 わたしは職人として、できる限りひっそり暮らしたいのだ。剣聖として持ち上げられるのはミスティアさんのような人だけでいい。


――あ、それだ。


 「じゃあ、わたしたちはこれで。頑張ってくださいね、ミスティアさん。エイリーも」

 「ええ。あ、もしも王都に来ることがあったら私の工房に寄りなさいよ。今は副業が忙しくてあんまり仕事ができてないけど、あんたたちの相手くらいはしてあげるから」


 そう言って深部へ降りていくエイリーたちを見送るのもそこそこに、わたしはすぐさまリントゥを呼んだ。もちろん、リントゥを初めて見るキュエリは目を白黒させている。


 「えっ、グリフォン、えっ? えっ!?」

 「説明はあとでするから、一緒に乗って。ここまで来たらキュエリも共犯だからね……付き合ってもらうわよ」


 全速力で飛ばして、スリヤの街に着くまでに五分。わたしたちは観光する間もなくスリヤ土木事務所に飛び込んだ。

 息を切らした三人が飛び込んできたので受付のお姉さんは困惑していたが、顔見知りのわたしたちを見るといつものように応対してくれた。


 「今日は随分お急ぎですね。なにかいい仕事でも?」

 「えっと、たぶん今夜くらいに王都の偉い人から手紙が来ると思うの。巨獣の灰を運搬する手はずを整えて欲しいっていう内容で。今のうちに行商の人たちに周知しておいてくれると助かるわ」

 「フレデリシアさんが仰るなら間違いないと思いますが、どうしてそんな……? それに、巨獣のあぎとでは今も亜竜ヴルカンが暴れているんです。先ほど剣聖さまが向かったとは聞きましたが、どうなることか」


 「その剣聖さま――ミスティア・ランドグリーズさまが、亜竜ヴルカンを打ち滅ぼしたの!」


 誰もが驚く真実よりも、ありきたりな嘘の方が信じられやすい。


 わたしたちが倒さなければ、亜竜を倒すのはミスティアさんだったはずだし、それは評価されるべき功績だ。対して、わたしは『亜竜殺し』とか変な二つ名で呼ばれたくない。最後までドラゴンスレイヤーにこだわっていたキュエリも説得したし、これでみんなが幸せになれるはずだ。はずだよね?


 その後、わたしたちがスリヤの知人すべてに言いふらしたこともあって、剣聖ミスティア・ランドグリーズが亜竜ヴルカンを倒したという噂はあっという間に町中へ広まったのだった。

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