亜竜の頭に杭打ち魔法
――亜竜、ヴルカン。
十数年に一度、巨獣のあぎとから這い出して、周辺の街に破壊をもたらす災厄。時期が来ると討伐隊が組織され、被害が出るのを未然に防いでいるのだという。
アンテロさんによると、今回も討伐隊の準備は進んでいたらしい。ところが、折り悪く襲来した風竜ジラントとの戦いで多くの兵士が重傷を負い、動ける者も王都の防衛設備の復旧に当たっていて、ヴルカンの対処にまでは手が回っていないそうだ。
「聞くところによると、亜竜ヴルカンは溶岩スライムの群体らしいですー。たぶん、核になっている個体を狙えば、倒せるんじゃないかと―」
「核って言うと……頭とか?」
「心臓でしょ!」
「右前足に違いありませんー!」
ううん、見事に答えが分かれた。
「さすがに右前足はないでしょ……」
「なにを言うんですかリシアさん! こういうのは、あからさまに核っぽいところがダミーで、本当の核はなんでもなさそうな部分だと相場が決まっているんですー!」
「いいや心臓だね! 核なんだから、一番防御力の高いところにあるって! まあ見てなよ!」
止める間もなくアルティがヴルカンの目の前へ飛び出していき、羽魔法を展開して大きく跳躍する。
「無筋コンクリートごときっ!」
ハンマーの強烈な一撃がヴルカンの胸郭を震わせ、石片が辺りに飛び散る。かなり甲殻を削ったようだが、それでも致命打にはならない。見た目にそぐわない素早さで繰り出される前足を避けながら、アルティは納得のいかない様子で戻ってきた。
「やっぱり木のハンマーじゃ限界があるなあ……」
「さて、今度は私ですねー!」
キュエリが詠唱をはじめたので、わたしたちは慌てて彼女の後ろに回った。さすがにどこまでノーコンでも背後には攻撃できないだろう。そうであって欲しい。
「切り裂け! 『ウィンドエッジ』!」
コンパスの先から発した風の刃は、意外なことに真っ直ぐ亜竜を目指して飛んでいき――ちょうどアルティが叩いたあたりの胸部を直撃した。
「……ん?」
「あ、あれっ。もう一度いきますー! 『ウィンドエッジ』! なんでっ『ウィンドエッジ』! 今度こそ『ウィンドエッジ』!」
全弾命中はしているのだが、首、左後ろ足、尾とことごとく狙いを外し、問題の右前足にはダメージを与えられていない。
「やっぱり、右前足に核があるから魔法攻撃を反らす障壁を張っているんですねー!」
「そんなわけないでしょ。一応試してあげるけど、後ろから魔法は撃たないでね」
羽魔法を展開し、ヴルカンの右前足まで一瞬で肉薄する。
「『アーマーピアシング』!」
聖剣の切っ先は見事にヴルカンの甲殻を貫通し、内部のスライムを突き刺した感覚があった。ただ、核を突いたような手ごたえはない。
ヴルカンが怒りに身を震わせる直前に聖剣を引き抜き、一気に距離を取る。今度はそれなりのダメージを与えられたようで、ヴルカンは明らかにわたしを敵視しているようだった。
「右前足じゃなかったわね」
「リシア……アーマーピアシングは鎧とか殻の隙間から突き刺す剣技であって、殻を突き破って刺す剣技じゃないからね……教本は内容までちゃんと読んでね……」
「し、仕方ないでしょ! 急だったから技の名前を覚える余裕しかなかったの!」
うだうだ話しているうちに、ヴルカンが身体を半回転させて尻尾を振り回してくる。地上では避けようもないので空中に逃れたのだが、キュエリは先ほどと同じくアルティに抱えられ、「ういてるー、とんでるー」などとうわ言を言っている。
「こうなったら頭をちょん切るしかなさそうね。首はそんなに太くないし、大人しくしてくれれば斬れそうだけど」
「大人しくはしてくれないんじゃないかなあ。頭を叩けば気絶したりするかな?」
「あっ、地面が近づいてきたー。えっと、全身に思い切り衝撃を与えてやれば、一時的に行動不能にすることは可能だと思いますー。群体ですから気絶はしませんけど、一度にたくさんの個体を驚かせればしばらく制御を失うはずですよー」
「衝撃って言っても……アルティのハンマーでも駄目なのに」
「あそこに落ちてる杭っぽい岩で叩いてみる? ……あっ! 杭! 杭打ちだよ!」
杭打ちという言葉でキュエリもすぐに思い当たるものがあったらしい。
「それならいけると思いますー! でも、詠唱時間を稼いで、隙も作らないと……」
「時間稼ぎとトドメはリシアに任せればいいよ!」
「勝手に任せないで。なにか作戦があるの?」
ふたりの話を聞いてみると、なるほど不可能な作戦でもない気がする。問題があるとすれば、わたしがヴルカンとたっぷり三十秒ほど一騎打ちしなきゃいけないことくらいで。
「この際仕方ないから乗ってあげるけど、その、キュエリは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないですけど、なんとかしますー! ドラゴンスレイヤーの称号のためなら、雲の上だって飛んでみせますー!」
亜竜はドラゴンではないからドラゴンスレイヤーにはなれないだろうが、とにかく作戦は定まった。
「じゃ、頼んだわよ」
「そっちこそ、頼むよ剣聖!」
「ざっくりやっちゃってくださいー!」
ふたりを残して、ヴルカンの前へと歩み出る。さっき刺した右前足の一部分が不自然にへこんでいるのを見ると、たぶんヴルカンを構成する溶岩スライム一匹一匹を倒すことは可能なのだろう。これで作戦の確度も上がる。
聖剣を構えてヴルカンと対峙する。首を屈めてわたしを睨みつけたヴルカンは、そのままの体勢でこちらへ突進してきた。
準備を整えているふたりの方へ突っ込ませるわけにはいかない。羽を使ってヴルカンの胸先まで接近すると、まずはソードバッシュで突進の勢いを殺す。
コンクリートの甲殻にひびが入り、大きな欠片が砂の上に落ちていく。ほんの少しのぞいたヴルカンの内部はまるきり溶岩スライムそのままで、赤い半透明のものがぎっしりと詰まっていた。ちょっと気持ち悪い。
足を止めたヴルカンが巨大な顎で噛みつこうとしてくるが、これは問題なくパリィする。避けた拍子にソードバッシュを放ち、首の甲殻を破壊する。まずは第一段階。
落下する途中、やみくもに繰り出された左前足をパリィし、次いで向かってきた右足を蹴って、ヴルカンから大きく距離を取った。
――さあ、次はふたりの番だ。
詠唱を完了させたキュエリは魔力の満ちたコンパスを握り締め、細長い岩塊の先に立っている。反対側の先端にはアルティがいて、岩塊を持ち上げていた。
「いっけぇぇぇぇぇ!」
アルティが岩塊を振り上げると、先端にいたキュエリが矢のように高々と飛んでいく。さすがのヴルカンもその速さには対応できず、キュエリはヴルカンの眼前を通り過ぎて天蓋近くまで飛び上がると、ゆっくりと自由落下しはじめた。
ヴルカンはキュエリが落ちてくるのを待ち構えて顎を開いていたが、その牙がキュエリに届く前に、巨大な岩塊がヴルカンの首を直撃する。手にした岩塊でヴルカンの首を打ち抜いたアルティは、そのまま飛び上がってキュエリを空中で捉え、ふたりはヴルカンの頭に着地した。
そして、キュエリがコンパスの先端をヴルカンの頭に突き刺す。
「打ち貫け! 『ドロップハンマー』!」
その場の空気すべてが弾けたのかと錯覚するほどの、耳を貫く轟音が鳴り響く。
杭基礎がどうとか、打撃工法がどうとかわけのわからない言葉を使っていたが、要は巨大な杭を地面に叩きこむ際に使う魔法らしい。
単に杭を打つと言っても、長いものになれば地面との摩擦も相当のものになり、杭打ちの魔法はそれだけの大威力を持っている。ただ、あまりにも長時間の詠唱が必要なうえ、対象に触れなければならないため、こんなものを戦闘に使う魔法使いはまずいない。
ともあれ、威力は文句なしに絶大だった。頭から尻尾の先までとてつもない衝撃に襲われたヴルカンは、群体の制御を失ったのか元の形も維持できずにその場へ崩れ落ちた。
舞い上がる砂塵を裂いて進み、先ほど甲殻を砕いた首筋に聖剣を走らせる。
「『スラッシュ』」
剣術の最も基本的な技。剣を持ったものが最初に放つ、ただの斬撃。
それだけでも、レベル127のスキルと古代の聖剣に掛かれば、亜竜の首を軽く切断するくらいの威力は出る。
残った頭は黒い炎のような濃い瘴気をまとい、あからさまに核の存在を主張していたので、とりあえず眉間から聖剣を突き刺して瘴気を打ち払った。
頭を失ったヴルカンの身体は急激にその姿を崩し始め、やがてぽろぽろと溶岩スライムの群れがこぼれ落ち、洞窟のあちこちへと思い思いに逃げて行った。
まずは、それぞれに両手を掲げてハイタッチ。
「ふたりともお疲れさま。ヒヤッとしたけど、どうにかなったわね。所詮はスライムの寄せ集めってことかな」
「わあ、リシアも言うことが剣聖っぽくなってきたね! ふぐぅ」
スキルレベルの上がったローキックでアルティを黙らせる。
「キュエリも、ありがとね」
「こちらこそ! ちょっと怖かったですけど、最高の経験でしたー!」
かくして亜竜ヴルカンを倒したわたしたちは、当初の目的である巨獣の灰を大きな麻袋に詰め込み、来た道を引き返すのだった。
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