キヴィゴーレム(魔法生物)、キュエリの期待

 ゼロ距離魔法使い、打撃馬鹿、聖剣使い。後衛という概念を知らないパーティは、それでも意外とうまく回っている。

 キュエリは接敵してコンパスを突き刺すところさえ見なければ申し分ない戦力だし、アルティは先陣を切って敵を散らしてくれている。わたしはと言えば、たまに近づいてくる溶岩スライムを聖剣でぺちぺち叩く程度で済んでいて。


 正直、仕事をしていない。


 いや、もともと家具職人だから戦う必要はないはずなのだけれど、目の前で建築士と測量士が戦っているところを見ると、自分も戦わないといけないような気がしてくる。

 それでなくとも……。


 「リシアさんの剣技ってどんな感じなんですかー?」

 「地を裂き天を割る感じだよ!」

 「わー、見たいなー。リシアさんの剣技見てみたいなー」

 「リシアさんのぉ、ちょっといい剣見てみたいっ!」

 「見てみたいーっ!」

 「ちょっといい剣ってなによ……」


 いつも通りのアルティはともかく、キュエリの期待に満ちた目に見つめられていると居たたまれない。


 しばらく歩くと、ドーム状の開けた場所に着いた。キュエリによれば、ここは巨獣の喉元と呼ばれる地点で、上を見上げれば巨大な二枚の岩盤が開き、巨獣の口を形作っているのが見える。開いた口の両側には風化した石の牙がずらりと並び、抜け落ちて砕けた石片が足元に散乱している。


 この場所で洞窟全体の三分の二くらいだというが、力試しに来る冒険者パーティの大多数はここに到達すると引き返すのだという。確かにここの景色は壮観だし、空が見えるから探索に区切りも付けやすいだろうが、どうも理由はそれだけではないらしくて。


 「実は、私もここより奥には行ったことがないんですよねー。奥の竪穴から深部へ潜っていくんですが、最近はやたらと瘴気が濃くて体力を奪われるんですー。それに」


 ズン、と重量感のある音がホール全体を震わせる。ぱらぱらと砂埃が頭上から降り注ぎ、太陽の光を反射してホールの中央に光の柱が建つ。

 柱の中に浮かび上がるのは、異様に隆起した不気味な四肢。岩石の身体に、黒く空ろな瞳。本でもよく見る、岩などが寄せ集まってできた魔法生物。いわゆるゴーレムというやつだ。


 「キヴィゴーレムというー、中級者でも持て余す魔法生物が出るんですよねー。アイスブランチが通りにくいので、私も苦手なんですー」


 まずコンパスが刺さりそうな相手ではないが、通りにくいと言うからにはあんなものにもコンパスを刺すんだろう。本当にそれで魔法使いを名乗っていいんだろうか。


 「あれ、アルティの担当でしょ。思い切り叩けば倒せそうだよ」


 知らない敵と見ればハンマーで殴りかかるアルティが、今回はやけに大人しくしている。


 「でもなあ、ああいうのはやっぱり、おいしいとこじゃん? 独り占めにするのは申し訳ないっていうか、ねえ?」

 「私、ちょっと魔力消費のペースが早いので、このあたりで一息入れたいんですがー」


 言われなくても期待されているのはわかっている。

ここらでちょっと貢献しなければ、本当に付いてきているだけになってしまうし、一体くらいはやっつけてもいいだろう。

と、聖剣を構えたところであることに気づいてしまう。


 「ねえ、ゴーレムって魔法生物よね?」

 「そうですよー、空気中の魔力が濃いところで、周囲の物質に蓄積した魔力が集まろうとして、自然発生すると言われてますー」

 「ふうん……『ディスペル』」


 何気なく唱えてみると、たちまちキヴィゴーレムの瞳から魔力が消え失せて、その身体を構成していた岩石がばらばらと崩れ落ち、ものの五秒ほどで岩の小山となり果てた。


 「やっぱりね。真面目に戦わなくても、魔力を散らしてやれば……っ!?」


 わたしの真横、ものすごく近い距離から、キヴィゴーレムよりも深い闇を映した瞳がこちらを凝視していた。


「リシアさん……それはだめですよー。全然だめですよー。絶対だめですよー。ありえませんよー。許されませんよー」


 思わずもう一度ディスペルを唱えたくなるほど強烈な呪詛の声。なにこの子怖い。


 「さすがにいまのはないわー、リシアさん空気読まないと」

 「いまのわたしが悪いの……? どうせなら危険は少ない方がいいでしょ」


 とは言ったものの、キュエリの落ち込みようがひどいので、とりあえず次に向かってきたゴーレムにはしっかり聖剣を向ける。

 ただ、剣術レベルが127になったとはいえ、わたしは至って普通の妖精族なのだ。あんなゴーレムの攻撃を受ければ大けがをするし、できることなら戦いたくもない。

 危険のない方法で、剣術の実力をそれらしく見せるには――これしかない。


 「『インヴィジブル・スラスト』!」


 声と共に聖剣を振り抜くと、キヴィゴーレムは歩く勢いそのままに前方へ倒れ、先ほどのゴーレムと同じように砕けた岩の小山になった。


 「す、すごいです、リシアさんー! こんな剣技見たことありませんー!」

 「まあ、これくらいは普通よ、普通」


 いま適当に考えた剣技だから、キュエリが初めて見るのも当然だ。

 というか、そもそも剣技ですらない。ふたりに聞こえないように小声でディスペルを唱えたあと、それらしい技の名前を叫んだだけ。実際にはさっきと同じことが起きているわけで、つまりはハッタリである。

 ゴーレムへの威力は変わらないがキュエリへの威力は絶大で、謎の剣技をすっかり信じ切り、わあー、と嬉しそうにゴーレムの残骸をコンパスでつついている。切り傷がないのに気づかれると厄介なので勘弁してほしい。


 「ところで、いまさらなんですがー、お二人はこの洞窟の最奥で採れる石灰含有の粉末――巨獣の灰が目的なんですよねー?」

 「うん、ちょっとコンクリートの試験施工をしたくて」

 「であれば、とにかく瘴気をなんとかしないと厳しいですよー。あの通り、地下へ降りる竪穴はかなりひどい有様なのでー」


 竪穴への入り口は目の前だったが、確かに気味の悪い魔力が渦巻いているのがひしひしと感じられる。


 「私が来た時にはもうあんな感じでしたけどー、瘴気が湧き出したのは最近らしいです。もしかしたら、誰かが強めの呪いを掛けたのかもしれませんー」

 「あー、呪いかあ……呪いねえ……」


 聖剣を持ったまま、竪穴の前までやって来る。目の前はどんよりとした瘴気が漂っていたが、剣を軽く振ってやると一瞬のうちに瘴気が晴れた。


 あまり意識していなかったけれど、この剣は聖剣なのだ。そんじょそこらの呪いならディスペルするまでもなく打ち払えて当然で。

 ただ、竪穴の奥では未だに瘴気がくすぶっているし、原因を絶たないことには瘴気をすべて払い切るのは難しそうだ。


 「わたしたちはこのまま下へ降りるけど……キュエリはどうする?」

 「もちろん付いていきますー! ここから先の強度試験もしたかったので、願ったりかなったりですー」


 それに、とキュエリが目を輝かせる。


 「剣聖さまと一緒に冒険できる機会なんて、滅多にありませんからー!」


 変なイメージを持たれてしまった気はするけれど、一緒に来てくれるのは心強い。

キュエリの照明魔法に助けられつつ、わたしたちはらせん状にうねる竪穴を下っていくのだった。

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