巨獣のあぎとへ!

 巨獣のあぎとの内部はかなり入り組んでいて、けれど不思議と通路の広さは確保されていた。そのへんで魔物が襲ってきてもこれなら十分対処できるだろう。

 それから、天窓のように外壁に穴が開いた箇所が多く、昼間なら灯りがなくても進んでいけそうだ。こんなことならリントゥに乗って巨獣のあぎとの直上から飛び込んだ方が手っ取り早かったかもしれない。


 「ところで、キュエリはこんな場所でなにしてたの? あとシュミなんとかって魔法はなんだったの?」

 「巨獣のあぎと外壁の強度試験ですー。シュミットハンマーは、反発度法に基づいて検査対象に打撃を与えて硬度を測定する、非破壊検査魔法の一種ですねー」

 「反発……なんですって?」

 「いわゆる圧縮強度試験ってやつだよ」

 「全然いわゆらないんだけど……」


 説明が説明になっていない。これだから業界人ってやつは。


 「こう、コンクリートをつつくじゃないですかー」


 キュエリがコンパスの先で洞窟の内壁をつつくと、コツンと硬い音が返ってくる。


 「それでもって、リシアさんの頬をつつくじゃないですかー」


 つん、とキュエリの指がわたしの頬をつつく。


 「同じように衝撃を与えても、対象の硬さによって返ってくる力は変わるんです。これを利用して、コンクリートの強度を調べようってわけですねー。もっとも、精度が低いので、同じ場所で大体二十回くらいは試験しないといけませんけどー」

 「なんとなくわかったけど、それこそなんでここの強度なんて調べてたの? もしかして学者さん?」

 「いえいえ、私はただの雇われ測量魔法士なのでー。ヴァザーリさんの依頼で調査をしてたんですー」

 「ヴァザーリの依頼!? キュエリって相当すごいんじゃないの?」


 アルティが驚くのも無理はない。

 ヴァザーリ設計事務所と言えば、世情に疎いわたしでも聞いたことがあるくらい、王都では圧倒的な人気と権威を誇る設計事務所だ。わたしたちも何度がヴァザーリの設計で施工したことがあるが、意匠のセンスといい、構造計算の堅実さといい、見事と言うほかなかった。


 「ちょっと測量と設計が得意なので、使ってもらっているだけですよー。あっ、ところでお二人は姉妹なんですか?」

 「ううん。あー、人族の人だとそう思うよね。妖精族の苗字は生まれた枝で決まるから、苗字が同じでも姉妹とか家族ってわけじゃないんだよ。あたしたちは幼馴染だし、ほとんど家族みたいなもんだけど」

 「そういうのって、なんだか素敵ですねー」


 ふわふわとした話に落ち着いたものの、なんとなくキュエリがヴァザーリの話を避けたようにも見えた。こんなにぼんやりした子だから、気のせいかもしれないが。


 「あ、待ってください」


 先行していたキュエリが片手でわたしたちを制し、立ち止まる。

 前方を見ると、通路が急に開けて小さな広間になっている。そして、その中央付近では赤い半透明のものがいくつかうごめいている。


 「溶岩スライムです。巨獣のあぎとではポピュラーな魔物なんですがー、見た目に反してそこそこ素早いですよー」

 「避けては通れないわね。ここは慎重に一匹ずつ始末して……」

 「うおりゃー!」


 準備をしようとしたところで、馬鹿がひとり突っ込んでいった。

 ぱーん、と紙風船を叩き割るような音とともに、一匹の溶岩スライムがアルティのハンマーの餌食となる。


 「初めて出会う敵は、とりあえず物理で殴る! 師匠の教えは完璧っ、あつっ、あちっ!」

 「溶岩という名前ほどではありませんけど、溶岩スライムはそこそこ熱いのでー、気を付けてくださいねー」

 「そういうのはっ、早めに、聞きたかったなっ!」

 「自分が聞かずに突っ込んだんじゃないの」


 と、話しているうちにも溶岩スライムの一群がこちらに向かってくる。


 「キュエリ、サポートはお願いね」

 「任せてくださいー!」


 キュエリはさっとわたしの隣に位置取り、コンパスを構えた……ん? どうしてこの子はわたしの隣にいるんだろう。魔法使いって、もっと後ろから遠距離攻撃するものじゃないんだろうか。

 一応、魔法使いらしくコンパスの先に魔力を集中させているようだが、


「とうっ、『アイスブランチ』―」


 あろうことか、溶岩スライムにコンパスの先端を突き刺した!?

 スライムの内部に氷の枝がびっしりと生え、そのまま砕けて動かなくなった。いや、たぶん、威力はあるんだろうが……。


 「よしー!」

 「ちょ、ちょっと待って。わたしあんまり詳しくないんだけど、魔法使いってみんなそういう風に戦うものなの?」

 「えっ」


 思ったことが顔に出やすい子なんだなあ。焦っているのが手に取るようにわかる。


 「……とりあえず中射程くらいの攻撃魔法も使ってみてくれる?」

 「本気ですか?」

 「うん」

 「訴えないでくださいね?」

 「えっ?」


 不穏な言葉を残し、キュエリがしずしずと後ろへ下がっていく。

 前方ではアルティがなおも溶岩スライムを破裂させて回っていて、わずかに生き残った三匹ほどがこちらへ向かってくる。

 普通なら、わたしが剣で足止めして、キュエリが魔法で仕留めるのが定石だろう。聖剣を松明のように振り回してやるだけで溶岩スライムは恐れをなして近づいてこないので、足止めは簡単だ。さあ、あとはお手並み拝見といったところだが……。


 「風よー、切り裂けー、『ウィンドエッジ』!」


 岩がえぐれるような音がした。

 いや、ような音、ではなくて、実際えぐれていたのだ。放たれた風の刃は、一息ついているアルティの頭上に命中し、洞窟の内壁をごっそりと削り取っていた。

 あんな魔法に当たったら間違いなく即死だ。


 「あだっ! あたたっ! なんか小石が落ちてくるんだけどっ!?」


 ぼろぼろとこぼれ落ちる小石に打たれるアルティを眺めながら、今後キュエリに遠距離魔法を強要するのはやめようと心に誓ったのだった。

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