シュミットハンマー!


 王都を発ってから1時間余りで、わたしたちはスリヤの上空までやってきていた。


 歩いて出発しようとした時にはアンテロさんとスノラさんに心配されたが、グリフォンに乗っていくからすぐ着きますと言えば別の心配をされそうだったので、適当にごまかしてきた。


リントゥ――例のグリフォンにはそういう名前をつけた――の背中から、スリヤの街を見下ろす。

 妖精の森の南、王都から見ると南西にあるこの街は、火山と温泉を軸とした観光業と砂地での野菜生産で成り立っている。王国内の街としては中の下くらいの規模だ。森から近いこともあり、街のいくつかの家はスバントラ建築事務所で施工させてもらっている。


 「ねえリシア、さっき買ってた本ってなんだったの?」

 「剣術の基礎教本よ。いくらレベルが上がっても、技とか立ち回りとか、基本的なことは知らないと厳しいでしょ」

 「ふ、ふふっ、剣術レベル127の聖剣使いが、剣術の基礎教本を読むとか、ふふっ」

 「……蹴落とすわよ」

 「待った! 待って! 空中だと本当にシャレにならないからね!? あたしが羽魔法苦手なの知ってるよね!?」


 そんな話をしているうちに、目的地である巨獣のあぎとが近づいてきた。

 一面に広がる熱砂の中に、灰色の巨大な岩塊がそびえている。岩塊は顎を開き切った肉食獣の頭蓋骨に似ていて、鋭い牙のような岩をずらりと並べて、空を噛み千切らんとしていた。

 伝説によると、かつてこの地域に生息していた亜竜の亡骸がそのまま岩石になったのだというが、このサイズの亜竜が闊歩していたらこの国はとっくに滅んでいる。


 道から外れた人目に付かない場所で地上に降り、リントゥにはこの近辺でうまく時間をつぶしていてもらうことにした。普通ならテイムした魔物を連れ歩くのはおかしなことではないが、グリフォンを連れて歩くとさすがに目立ちすぎる。


 歩き出して早々、遠くから景気のいい大声が聞こえてきた。


 「『シュミットハンマー』!」


 巨獣のあぎとの入り口付近までやってきて、声の主を見つけた。どうやら外壁に向かって魔法を撃っているようだ。背格好を見るに、たぶん人族の若い女性だろうか。身の丈ほどもあるコンパスを持ち、嵩張りそうなローブに身を包んでいる。


 「すみませーん、ちょっといいですかー」

 「シュミット……はい? あっ、だめっ、下がってくださいーっ」


 アルティに声を掛けられて、女性が詠唱を中断する。と、発動しかけた魔法が地表に衝突し、ぼふっという炸裂音とともに周囲が砂塵に包まれる。口の中がじゃりじゃりする。


 「けほっ、すみません、私ちょっと魔法の制御が苦手でー」


 なんだかふわふわした人だな、というのが第一印象。砂まみれになりながらも表情は柔らかくて、人が良さそうだ。悪く言えばちょっと騙されやすそうでもある。


 「こっちこそごめんなさい、急に話しかけちゃって。あ、いまのシュミットハンマーですよね。もしかして測量魔法士の人ですか?」

 「そうですけれどもー、もしかしてご同業の方ですか?」

 「あたしは建築士のアルティ・スバントラって言います。こっちは家具職人のフレデリシア」

 「あ、フレデリシア・スバントラです……」

 「キュエリ・シーカーですー。お二人はどうしてここへ? 今は亜竜のこともありますし、材料探しにはちょっと危ないですよー。護衛は……あ、もしかしてお二人ともお強いんですかー!?」


 キュエリさんはわたしが腰から下げた聖剣――そのままだと目立つので、適当な鞘を作って収めた――に目を留めて、急に目を輝かせる。


 「え、まあ、その、自分の身を守れる程度には」

 「リシア先生は剣の達人なので心配ありません!」

 「こらっ、変なこと言わないでよ」


 ふわー、とキュエリさんは恍惚たる表情になり、もう聖剣から視線を離さない。


 「あのうー、もしもよろしければ、道案内しましょうか? これでも攻撃魔法が使えますので、足手まといにはならないと思いますー」


 洞窟内部の状況だけでも誰かに聞く心づもりだったのだが、思いがけず幸運が舞い込んできた。洞窟に詳しい同業者で、その上戦力にもなるならば断わる理由はない。悪い人でもなさそうだし……とアルティに目配せしてみると、向こうも同じ考えだったらしい。


 「じゃあ、よろしくお願いします。キュエリさん」

 「あ、そんな畏まらずに、普通に話してくださいー。これから一緒に洞窟へ潜る仲間なんですからー!」

 「あ、うん……じゃあ、よろしくね、キュエリ」

 「はい、よろしくですー。先輩っ!」

 「せ、先輩?」

 「お二人は冒険の大先輩ですからー。勉強させていただきますー!」

 「冒険……?」


 言葉の端々にちょっと変なワードが紛れているけれど、まあさしたる問題ではないだろう。こんな辺鄙な場所にひとりでいるのだから、腕はそこそこ立つはずだ。わたしの魔法は人並み程度だし、アルティはからっきし。そんなパーティに魔法使いがいるだけでも心強い。


 こうして、測量魔法士のキュエリを仲間に加え、わたしたちは巨獣のあぎと内部へと進むのだった。

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