石材がないなら、コンクリートを使えばいいじゃない。

 アルティに背中を蹴られて、カウンターに寄りかかってやっとの思いで立っているこの人が、宰相……? 国王の次くらいに偉い人……?


 「えっと、フレデリシア・スバントラです。アルティと一緒の事務所で、建具とか作ってます。それであの、失礼ですけど本当に宰相さんなんですか……? この子の友達なのに?」

 「リシアさーん、言い方、言い方―」

 「確かにこんなやつの友達が宰相だとは思わないか」

 「はっ倒すよ?」

 「はっ倒してから言うなよ……フレデリシアさんの話はアルティからも聞いています。見ての通り王都はひどい有様ですから、ぜひ力を貸していただきたい」


 話してみると、アルティの友人だと言うわりにはまともな人だった。ただ、自由人っぽいところはアルティに似ているだろうか。


 「で、実際どうなの。あれだけ被害が出てるってことは結界魔法も破られてるんでしょ?」

 「正直に言えば、遷都の選択肢もあった」


 アンテロさんは一転して真面目な雰囲気になり、宰相らしく責任ある表情を見せる。


 「結界は一から作り直しているが、何しろこれまで三百年ほど破られなかった結界だ。王都の魔法使いの大部分を投入しているが、復旧には時間が掛かるだろう。市壁以外はどうにか修繕が終わりつつあるが、このタイミングで風竜が襲って来ればひとたまりもない」

 「それでも、この土地に留まるんだ」

 「建物は移せる。家があれば民も移住できる。ただ――形は簡単に移れても、心まではそうもいかない」

 「実利的なやり方じゃないなあ。アンテロらしくもない」

 「こういう立場になると利益だけ考えているわけにもいかなくてね。感情を優先した方が、結果的にはいい方へ転ぶこともある。そんなわけで、この街のシンボルである大市壁の修繕はとても重要な事業なんだ」

 「重要事業なら資材くらい確保しとけよっ!」


 アンテロさんには悪いけれど、こればかりはアルティが正しい。わたしたちはあくまで職人であって、たまに自分で材料を調達することはあるものの、専門じゃない。


「いや、まったく返す言葉もない……用意できた石材は必要量の二割にも満たないが、これでも精一杯だ。石切り場の稼働は芳しくないし、風竜が来たばかりで商人も輸送をやりたがらない。土木事務所と冒険者ギルドを通して依頼も出してみたんだが」

「あー、いいよいいよ。冒険者ギルドに依頼したって時点で結果はお察しだよ」


 職人が使う材料の調達は、大抵の場合土木事務所に発注される。ここに出入りするのは職人とその周辺に属する職の人間ばかりだから、材料を集めてくるにしても良質なものの見分けがつく。

 かつては同じような仕事を冒険者ギルドでも取り扱っていたのだが、あそこに集まるのはそれこそ冒険馬鹿ばかりなので、取ってくる材料の品質など期待できるわけもなく。

 単位当たりの価格は安くなるから発注を掛けることもあるが、集まってきた素材を選り分けると使えないものが多く、選別の手間も考えると結局割高になりがちだ。


 「まあ、ないものはしょうがないけど、二割もあれば仕事はできるんじゃないかな」

 「えっ、でも石積みなのよ? 中を空洞にするとか、そういう話……?」

 「待った、それは困る。また風竜に壊されるようでは意味がない」

 「ふたりとも慌てなさんなってー。ハリボテにはしないし、強度だって保証する。石材がないなら、コンクリートを使えばいいじゃない!」


 自慢げに平たい胸を張るアルティだが、わたしとアンテロさんは困惑していた。そもそも――


 「こんくりーとって、なに?」


 おずおずと聞いてみると、アルティは信じられないものを見たように目を見開いた。


 「えっ、コンクリートを、知らない……?」

 「アルティさん、普通はコンクリートなんて知りませんよ。王国だとマイナー建材なんですから」

 「スノラちゃんは知ってるじゃん!」

 「これでも土木事務所の職員ですから。お二人には私から説明しますね」


 受付のスノラさん――こう見えて、建築主事という要職に就いているらしい。人族27歳独身――によれば、コンクリートというのは人造の石みたいな素材らしい。

 ざっくり言うと、石灰と火山性の砂を混ぜたものに水を加えると、時間をかけて石のように硬化する。こうしてできたものをコンクリートといい、その強度は配合の内容によっては煉瓦を上回る。熱や魔法のような外的な変化に弱く、圧縮力には強いが引張力には弱い特性を持つ建材だという。


 そんなに便利な建材ならもっと広まっていても不思議ではないのだが、どうやら石灰や砂の成分によって品質に差が出るらしく、一般的に利用するためには課題が多いのだという。


 「スノラちゃんってほんと説明上手だよね。こんなに賢くていい子なのになんで彼氏ができないのか疑問だよね」

 「土木事務所七不思議のひとつだ。付き合うには賢すぎるって話もよく聞くが」

 「……ああ、そういえば建国の際には市壁に人柱を埋めたそうですね。今からすると野蛮極まりない話ですが、風竜のことがありますから、試すのもいいかもしれませんね?」


 申し訳ございませんでした、と二人が声を揃えて頭を下げる。まあ、こういう力関係の三人らしい。


 「コンクリートを使うのはいいんですが……本当にいいんですか? あれで風竜のブレスに耐えられるとは思えませんけど」

 「それに関しては策があるから大丈夫。とりあえず、できる限り石材は集めておいてよ。あたしたちはふたりでスリヤまで言って、材料を調達してくる」

 「スリヤって、あの、火山の街?」


 スリヤには何度か仕事で行ったことがあるが、火山と洞窟――巨獣のあぎととか言っただろうか? それくらいしか見どころのない街だ。温泉は湧いていた気がするけど、今はのんびり湯治している場合でもない。


 「巨獣のあぎとって、実はすごく巨大なコンクリート構造物なんだよね。どういう仕組みか分からないけど、年を追うごとに大きくなってる。あの洞窟の奥には、コンクリートに最適な石灰が際限なく湧き出してるんだってさ。」

 「だってさ?」

 「あたしも行ったことはないんだ。最近は亜竜が出るらしくて、あんまり出入りする人はいないって」

 「いや、駄目じゃないのそれ。亜竜なんてどうしろって言うの」


 亜竜というのは姿だけドラゴンに似た魔物のことで、身体の構造は全く別の生き物だ。海に住んでいても砂漠に住んでいても、ドラゴンっぽければ亜竜と呼ばれるので、かなり雑なカテゴライズだと言っていい。

 共通する点は、とにかくドラゴン並に強いこと。


 風竜ジラントのように、その存在はほとんど災害に近い。王国騎士団が総力を挙げて討伐するような対象だ。

 それをどうしろと、と聞くまでもなく、アルティの考えはわかっている。


 「うまく逃げればいいし、駄目だったらやっちゃえば?」

 「やっちゃわないわよ!」

 「うぐぅ」


 ローキックを放ち、確かな手ごたえを感じてステータスを見てみると、体術のレベルがひとつ上がっていた。


 「亜竜は最悪あたしがなんとかするし、とにかくコンクリートを使う方向でいいよね? アンテロは浮遊魔法を付与した麻袋をありったけ用意して。今回調達する材料で試験施工した後、すぐ輸送へ移れるように。風竜の縄張りとは逆方向だし、商人も動いてくれるでしょ」


 ぼんやりしているように見えて、こういう所は本当にしっかりしているし、頭の回転も速い。やれるなら事務所の仕事も自分でやってくれればいいのだが。


 「なあ、アルティ。今からでも中央土木の所長をやってみないか? お前以上の適任者はいないと思うんだが……」

 「冗談言わないでよ。それが無理なことはわかってるでしょ。ね、スノラちゃん」


 スノラさんは気まずそうに視線を伏せる。話を聞くに、アルティの実力は王都でも認められていたようだが、地元の職人さんとの間でなにがあったんだろう?


 「ま、今回は任せてよ。受けた恩は返すってのがあたしの信条なんだ」


 昨日のうちに作り直した精霊樹のハンマーを担ぎなおし、アルティはわたしに向き直る。


 「というわけで、先生よろしくお願いします!」


 先生じゃないわよと蹴りを入れたい気持ちを抑えつつ、わたしはひとつため息を吐く。

 今回ばかりは王都へ連れてきたわたしにも原因があるし、そもそもこの剣技がどこまで使えるのか確かめておくのもやぶさかではない。


 そんなこんなで、わたしとアルティはコンクリートを求めて火山の街スリヤへ向かったのだった。

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