王都の市壁を修繕したい。

大市壁

――あらゆる建築物は、突き詰めればふたつの構造に帰結する。


 ひとつは、柱や梁によって組み立てる架構式構造。

良質な木材が多く産出する場所で発達した構造で、わたしたちの住む森の周辺にある建物は、ほとんどが架構式構造による木造建築である。


 もうひとつは、石材などを積み上げる事によって造る組積造。

 こちらの主要な建材は石や煉瓦で、木々の少ない土地で発達した構造である。アーチで屋根を支えることもできるが、基本的には積み上げただけで、堅固で丈夫ではあっても特定方向からの力に弱く、建築物全体として見れば力学的には劣っている……とかなんとかアルティが言っていたっけ。


 ただ、そんな組積造の力が必要とされ、そして存分に振るわれている構造物がある。


 「だからさあ……積めばいいってもんじゃないんだよなあ」


 風竜の背丈を上回るほど、天高く、うず高く、半ば偏執的に積み上げられた石の壁。一体なにと戦っているのか知らないが、誰の目から見ても明らかな過剰防御。

 正面こそ体裁を保っているものの、左右に目を向ければ瓦礫同然に崩れて市中が筒抜けになっている箇所まであるのだから世話はない。


 大規模建築をこよなく愛するアルティすら呆れさせるこの構造物こそ、王都トゥルクが世界に誇る大市壁である。大市壁だったもの、と言った方が的確かもしれない。


 「本当にこんなのを直せるの? また風竜に襲われるかもしれないし、いっそ遷都した方がいいんじゃない」

 「いや、初っ端から諦めないでよ。直しに行けって言ったのリシアじゃん」

 「あなたが行きたそうにしてたからでしょ」


 それは、まあ……とアルティは煮え切らない。

 最初の行き先はわたしが決めればいいと言うから迷わず王都を選んだのに、アルティは道中ずっと冴えない顔をしている。

 もちろん、王都には目立った建材があるわけではないし、平和すぎて冒険の舞台としても退屈だ。けれどここにはアルティのやり残した仕事があって、心残りがあるはずで。


 「とにかく土木事務所に行きましょ。依頼の話もあるし、お金も情報もないし」

 「なんかリシアやけにやる気じゃない? あんなに森から出たがらなかったのに」

 「べつに、そんなことないけど。アルティこそ、妙に及び腰になってない?」

 「いや、まあ、王都が気にはなってたんだけどさ、何事にも心の準備があるっていうか」

 「……わたしは、聖剣を抜くのになんの準備もさせてもらえなかったなあ」

 「それはごめんって! ほんとに!」


 そうこう言っているうちに、わたしたちはトゥルクの中心市街地まで歩いてきていた。

 中央通りの先を見れば、なんとか原型を保った王城があり、今も足場が組まれて修復工事が行われている。大規模な足場に対して、作業している職人の数はわずかだ。どう見ても手が足りていない。周囲を見回せば、未だに修繕が続いている建物も少なくない。市内がこの様子では市壁の修繕へ回す余力はないだろう。


 ただ、人的被害が少なかったというのは本当らしく、店舗を失った商人たちがたくましくも路上で商いをしている。ちらりと見ただけでも珍しいものがあって目移りしてしまうけれど、買い物はまたあとで。まずは仕事だ。


 「あー、もう、来ちゃったよ……」


 噴水広場から脇に入った官庁街に建つ中央土木事務所の軒先には、開かれたコンパスとハンマーを象った紋章が掲げられている。土木事務所とは言うものの、職人全般の互助組織みたいなものだ。さっき素通りしてきた冒険者ギルドの職人版といったところか。


 「ほら! ここまで来たら行くしかないでしょ!」


 ドアに手を触れたままでアルティが一歩も動こうとしないので、無理やり建物の中へ押し込んだ。


 事務所の中は思いがけず閑散としていた。それだけ復旧工事で人が出払っているのだろうが、休業中かと思うほど寂れている。カウンターには受付のお姉さんが一人だけいて、灰色のフロックコート姿の男となにやら深刻そうな顔で話をしている。ふたりとも人族だが、王都ではさして珍しい光景でもない。


 「申し訳ありません、ご依頼の量はとても集まりませんでした……」

 「いや、君が悪いわけじゃない。石材集めのために復旧の手を遅らせるわけにもいかないしね。にしてもまあ、どうしたものかな。あいつが来てくれればなんとかなるかもしれないが、来ないだろうなあ」

 「あいつというのは、もしかしてあの、ひとり元請けの」

 「こんな状況をどうにかできる奴はあいつしかいないだろ?」

 「私もそう思いますけど、アルティさんはその、地元の職人の方々と」

 「それがあるんだよなあ……いや、来ない奴を当てにしたって仕方ないな! とにかく、引き続き石材を」


 「呼んどいて石材不足かっ!」


 アルティの華麗なドロップキックがフロックコートの男の背中に刺さる。あ、身体が変な形に曲がった。


 「ぐお、ぐぅ」

 「あ、アンテロ様!? え、アルティさん!?」


 男が変なうめき声をあげてカウンターに突っ伏し、受付のお姉さんは大混乱。わたしは状況についていけない。


 「お、おお、久しぶりだなアルティ。どこから聞いてた?」

 「最初からだよ! ったく、呼ぶなら呼ぶで準備はしとけっての!」

 「いや、これには海より深い理由があってだな」


 ふたりは旧来の友人のように話しているが、ぱっと見た感じ、フロックコートの男は上流階級のような雰囲気だ。控えめに見ても貴族だと思うのだが……。


 「ねえ、アルティ。この人は?」

 「ん? ああ初対面か。こいつはアンテロ。あたしが王都にいた頃の友達で、今は――ええと、今なにしてるんだっけ?」

 「はじめまして、妖精族のお嬢さん。私はアンテロ・フィンブル。この国の宰相など務めております」

 「さっ……!?」


 今このひと、宰相って言った!?

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