土下座と、旅のはじまり。
「ごめん!」
事務所に帰るなり、アルティは地に伏して頭を床にこすり付けた。
土下座である。完全無欠の土下座である。
「謝られても、もう取り返しつかないし」
さっきはイルマ先生の手前平静を装っていたけれど、内心は憤懣やる方ない。
「グリフォンを従えて聖剣を腰に差してる家具職人がいる? わたしのアイデンティティってどうなるの? 剣術レベル127ってなにその中途半端な数字」
「……グリフォンは自分でテイムしたんじゃ」
「細かいことはいいのよ!」
「へへえ!」
顔を上げかけて再び平伏したアルティを見下ろしつつ、ため息をつく。
普通に職人としてがんばって、いつか自分の工房を持って、ちょっとした家具ブランドなんて立ち上げちゃって……そんな理想の生き方に、剣術レベルは全く必要ない。
聖剣は放っておいてもいいけれど、技能レベルについては切実だ。依頼主に木工や彫金のレベルを見てもらえば、嫌でも剣術の127が目に入るはずで。常軌を逸した強さは間違いなく営業の妨げになる。少なくとも、わたしならそんな得体の知れない職人は使いたくない。
「その、そこでひとつご提案があるのですがリシアせんせー」
「言ってみなさい」
「今回のお詫びに、工房をひとつ建てようかと思って」
「まあ、今回のことがなくても工房はいずれあなたに頼むつもりでいたけど」
「建てるなら最高の建材で、千年経っても壊れない建物を作りたくて、ただ、それには建材が足りない! ぜんぜん足りないんだよ!」
「そろそろ顔上げてくれる? 床に向かって叫んでるのってかなり怖いよ」
あ、土下座で顔だけこっちを見てるのもなんか怖い。
「それで、建材ってなにを使うの? いつもの精霊樹じゃだめなの?」
「うーん、精霊樹は確かに優れた建材なんだ。加工性はちょっと悪いけど、圧縮やせん断にも強い。木目もきれいだから内装材としてもぴったり。ただ、グリフォンを殴った程度で折れることが判明したわけで」
精霊樹というのは妖精の森に自生する木で、アルティが使っていた木槌は精霊樹製だったし、わたしたちの集落にある建物もだいたいこの木で建てられている。柑橘系の花のような香りも人気で、木造建築用の材としては最高ランクに位置づけられ、この木材の取引は森に住む妖精族の貴重な収入源となっている。
「工房でグリフォンと戦ったりしないし」
「甘いよ! 例えばドラゴンの群れが工房を襲ったらどうするの!? 火竜の吐息で黒焦げだよ!?」
ほとんどの家は火竜の吐息を食らえば黒焦げだと思う。
「そこで、世界最高の家具職人であらせられるリシアせんせーにおかれましては、最高の工房をお使いいただきたく」
「で、建材集めの旅に付き合えと」
「さっすがリシアせんせー、話が早い!」
嫌だ、と反射的に言いそうになったけれど、よくよく考えればわたしにとっても悪い話じゃない。家具には良質の木材や金属が欠かせないが、この森で手に入るものは限られている。できることなら各地の素材を集めたいところだ。
それに――アルティの夢も叶うはず。わたしの夢はまあ、ちょっと延期したって構わないか。
「でも、旅をするなら魔物とも戦うでしょ? わたしたちふたりだけで大丈夫かな……」
「大丈夫! グリフォンに乗って移動すれば戦いは最低限に抑えられるし、いざとなれば最強の聖剣使いがいるし!」
「最強は余計。強くなった実感なんてぜんぜんないし、グリフォンだってまぐれで倒せたようなものだし」
「あ、いまさらだけどあの時はありがとね。リシア、かっこよかったよ」
こういう、不意打ちはずるいと思う。
面と向かってありがとうなんて言うことは滅多にないから、変に照れてしまう。アルティの方は平然とこういうことを言ってのけるのだから、世の中不公平だ。少しは照れろ。
「か、かっこよくなんてない、し」
「えー、かっこよかったー、もうむちゃくちゃかっこよかったなー、来るなら来なさい! キリッ!」
「……ふんっ」
「ぐえっ」
照れ隠し、というか苛立ち交じりにアルティの脇腹にローキックを食らわせた。土下座しているから蹴りやすい。
「まあ、ちょっとだけなら、付き合ってあげてもいいけど」
「ほんとに!? 北の魔王の森まで一緒に行ってくれる!?」
アルティが蛙のように跳ね起きて、わたしと両手を握り合わせる。
「い、行かないよ、ちょっとだよ」
「うんうん! なんなら一緒に世界中の魔王を倒そう! ぐえっ」
今度は足首にローキック。
「ちょっと、だよ?」
「はい……よろしくおねがいします……」
そんなこんなで、建材を探すわたしたちの旅が始まるのだった。
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