聖剣、カルフロキス(剣聖除霊済み)
――技能レベルは、端的に言えばその人の強さを量る指標だ。
20くらいまでが初心者、40にもなれば一人前で、60以上ともなると一流と言っても過言ではない。90くらいが人類の最高到達点で、それを越えると神さまや魔王と呼ばれるような人外の存在と同じレベルになる。
剣術のレベルが127ともなれば、まず人類に敵はいないし、ほとんどの神より強く、下手をすればこの世界で最強の剣士かもしれない。
つい三十分ほど前までは剣なんて握ったことがなかったのに、ディスペル一発で世界最強。いくら伝説の聖剣だからと言っても雑すぎる。
その聖剣を打ち、封印し、遠回しに今回の事態を招いたイルマ先生――大空の覆いを鍛造した、偉大なる鍛冶神イルマリィ――は、事の経緯を聞いてからしばらく硬直していた。
「ええとね、信じないわけではないけど、あまりにもありえないというか、まず聖剣が抜けるわけがないし、抜いたところでグリフォンが襲ってくるわけがないし、というか発動前の魔法をディスペルするなんてありえないし」
こうして普通にテーブルを囲んでいるが、ここは鍛冶神を祀る工房であり、ついでにイルマ先生の自宅でもある。世の中には神が俗世から隔離されて崇敬を集めているところもあるというから、イルマ先生はかなり人類かぶれしている方だと思う。
イルマ先生はもともと妖精族だったから、背格好もわたしたちとほとんど変わりない。長い髪をポニーテールにしていて、勝気な感じの顔つきはアルティに似ているだろうか。
「そもそも、この剣はなんなんですか。わたしの剣術レベルがおかしくなったのは、やっぱりこれのせいなんですか?」
「うん、まあ、迷惑かけてごめんね……その聖剣――カルフロキスは、何代か前の私が打った剣で、当時はちょっと丈夫な普通の剣だったの。ところが、これを持った剣聖のおじさんがばったばったと魔王やら怪物を薙ぎ倒して、知らぬ間に膨大な魔力が染みついちゃってね」
イルマ先生の話によれば、この剣を使っていたのは、かつて史上最強と呼ばれた剣聖なのだという。
魔王を五柱ほど叩きのめしたとか、あらゆる種類のドラゴンを叩き伏せたとか、冗談みたいな伝説を打ち立てた人物。あまりにも強くなりすぎた彼は、自分を上回る強者を未来に求め、イルマ先生の力を借りて自分の魂ごとその力を聖剣に封じた……ということなのだが。
「そのへんの話、聖剣からまだ聞いてなかった?」
「いや、あの、そもそも聖剣って喋るんですか?」
「えっ、なんか言わなかった? 汝は選ばれたーとか、契約をーとか、そんな感じの」
「あたしが最初に抜こうとしたとき、『お前は我を使う器ではない』とか言われましたよ! そういやその後喋ってるのを見ないけど」
「そこまで言われたなら諦めなさいよ。というか選ばれてないのがわかっててディスペルさせたの」
「ディスペル? あっ」
すーっと、イルマ先生の顔から血の気が引く。
「もしかして、剣聖のおじさんの魂、聖剣ごとディスペルしちゃったんじゃ……」
ぞっとして聖剣を見るけれど、時すでに遅し。もはやうんともすんとも言わない。
「ねえ、ちょっと聖剣貸してみてよ。リシアには聞こえなくてもあたしには聞こえるかもよ?」
「なんか釈然としない言い方だけど、べつにいいわよ」
「あ、ふたりとも待って、聖剣っていうのは持ち主を選ぶものだから、重すぎて持てないと……うそ持ち上がってる!?」
「重っ! 久々にこんなに重いものっ、持ったっ、なあっ! だめだー振り回せそうにないや。声は聞こえないし、剣レベルも上がってないっぽいし、返すね」
「返されても困るんだけど……先生、これって再封印とかできませんか? わたしの剣術レベルと一緒に」
「うーん、できなくはないけど、リシアの魂も一緒に封じる感じになるかなあ」
剣の姿で何百年も過ごしたくはないので、その選択肢はまず論外である。
「せめて彫金用のハンマーに打ち直してもらえませんか? 剣なんて普段の仕事で使わないし」
「それはできるけど、剣聖のおじさんが化けて出そうだからやりたくないなあ。私、あの人ちょっと苦手だし」
手放せないし打ち直しもできない、呪われた道具の方がディスペルできる分まだマシだ。
「壁に掛けておけばインテリアとしてはアリかなあ。でも家の中にこんな危ないもの置きたくないし、いっそ庭に突き刺しておこうかな」
心なしか聖剣がカタカタと震えている気がしたが、わたしの知ったことじゃない。
「まあ、持ってて呪われるような代物じゃないから……あと、安全のためにもしばらくは身に着けておいたほうがいいと思う」
「安全、ですか? この森にいて危ないようなことなんてあります?」
出没する魔物と言えば岩うさぎくらい。有史以来攻められたこともないこの森で、危険を感じることはほぼ皆無と言っていい。あのグリフォンのような魔物が何頭もいれば話は別だが。
「多分、よくないものが聖剣を狙ってる気がする。神殿にはもともと成体のグリフォンが二頭いて、ふたりが連れてきたのはその子供。たぶん、両親は殺されたんだと思う。あの子自身も強力な精神汚染を受けていたような形跡があったし……ディスペルされてたけど。グリフォンは賢い生き物で、いざ戦いになると自分より強いものに立ち向かっていく習性があるんだ。だから、相手は成体のグリフォン二頭を相手取っても戦えるような、魔王とか、その配下だったんじゃないかな」
魔王、というワードが出て隣のアルティが目を輝かせているが、こちらはげんなりだ。
あと、グリフォンが自分より強いものに立ち向かうということは、あれだけ執拗にわたしが狙われていたのは、グリフォンより圧倒的に強かったからなのだろうか。自分のステータスが空恐ろしくなって、わたしは考えるのをやめた。
「そんなのが来て、森は大丈夫なんですか?」
「どんな生き物でも、さすがにこの私に喧嘩を売るほど胆の据わったやつはいないよ。大方、集落まで来る度胸がなくて、神殿にちょっかいを出したんでしょうね。今度来たら殴り飛ばすけど、一応リシアはちゃんと自分で自分の身を守ってね」
拳を握り締めたまま、イルマ先生は茶目っ気たっぷりに笑う。勘弁してほしい。
結局、聖剣はわたしが持ち続けることになり、その場はお開きとなった。
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