127


 「ばかっ! 剣も初めて持つくせになにしてんの!? あんなのに敵うはずないよ!」

 「怪我人は黙ってて!」


 聖剣の切っ先をグリフォンに向けて、ひとつ深呼吸をする。


 充血したグリフォンの瞳が爛々と輝き、こちらを睨みつける。生まれてこの方、こんなにも純粋な敵意を向けられたことなんてないし、危険な魔物と向かい合うことだって初めてだ。でも、心は思ったよりも落ち着いていて、聖剣は腕の延長のように馴染んでいる。


 「来るなら来なさい! できれば帰って!」


 これで帰ってくれるなら苦労はしない。

 グリフォンはもはやアルティを気にも留めず、わたしを目指して猛然と向かってくる。こうなっては逃げ場もない。半ば自棄になって、聖剣を掲げて駆ける。


 互いが衝突する瞬間、グリフォンは目にもとまらぬ速さで鉤爪を振るい、わたしは駄目元で剣を振り回し、


 「『パリィ』! ……ぱりぃ?」


 よくわからないうちに、攻撃を受け流していた。


 揚げ物を食べるような妙な擬音が口からこぼれて、攻撃をぎりぎりまで引きつけ、爪に刀身を添えるようにして攻撃を反らす。自分のイメージよりも身体が先行して動くような感覚。

わたしが困惑して首をかしげている間にもグリフォンは怒涛の連撃を仕掛けてくるのだが……。


 「パリィ! パリィ! なにこれっ、パリィ! 勝手に、パリィ! あー! もう!」

 「えっ、なに、ほんとにリシア? 中に剣豪の人とか入ってない?」

 「中の人なんていないわよ!」


 攻撃されるたびに擬音が口をついて出て、気づけば勝手に避けている。グリフォンの攻撃はかすりもしないが、このままでは埒が明かない。いい加減に苛立ってきて聖剣を振り下ろすと。


 「『ソードバッシュ』! そ、そーどばっしゅ?」


 わたしの手から出たとは思えないほど鋭い剣戟がグリフォンを吹き飛ばし、奥の石壁に叩きつける。建物全体が揺れて、天井からパラパラと砂埃が舞い落ちた。


 「ソードバッシュって威力じゃないでしょ今の……」


 ソードバッシュならわたしも見たことがある。相手を剣で叩いて押し返す技で、剣術レベルが10未満でも使いこなせるが、もちろんわたしは使ったことがない。

一般的な威力としては、岩うさぎが三歩分吹き飛ぶ程度。剣術レベルが高ければ威力も高くなるが、これはもうそんな次元じゃない。


 とはいえ、火竜の息すら無効化するという魔法障壁は伊達ではなく、かなり消耗しつつもグリフォンはまだやる気らしく、壁際で呼吸を整えている。

 どれくらいにらみ合っていただろうか、おもむろにグリフォンが両翼を大きく広げ、金属をこすり合わせるような鳴き声を上げた。


 「仕掛けてくるよ! たぶん魔法!」

 「いや、仕掛けてくるって言っても、どうすればいいのよ……?」


 アルティの言った通り、グリフォンの嘴あたりに魔力が収束し、白く輝き始める。どんな魔法が飛び出すのか知れないが、グリフォンは魔物の中では比較的知性が高く、高等な魔法を使う。そんな生き物が最後の力を振り絞っているのだから、ろくなことになりそうもない。


 避けるだけならなんとかなるかもしれないが、後ろには全身傷だらけで実況しているだけのアルティがいる。かと言ってあれを打ち消すほど強力な攻撃魔法は使えない。


 万策尽きたかに思えたが、そういえばわたしには『あれ』があった。

 発動前の魔法に『あれ』が効くのか、そもそもあんな強大な魔力をどうこうできるのか、不安しかないけれど、やれることはひとつしかない。


 『選択肢がひとつなら、迷わずにそのひとつを実行する』

 事務所のモットーのひとつを思い出しながら、わたしは左手をグリフォンに向けて突き出した。


「『ディスペル』!!」


 なにかが破裂するような、ものすごく大きな音。

 太陽のごとく輝いていた魔力は雲散霧消し、グリフォンもなにが起こったのかわからない様子で大きく目を見開いて呆然としている。

 その隙を逃さず、わたしはすぐさま羽ばたいて距離を詰め、グリフォンの脳天にソードバッシュで一撃を加えた。


ずん、と重い衝撃音を立てて、グリフォンの頭が石床に沈む。

 さっきよりも手ごたえがあるところを見ると、もしかしたら障壁魔法もディスペルできたのかもしれない。

ともあれ、グリフォンは今度こそ闘志を失い、身を横たえて弱々しく息をしている。血走っていた目も穏やかになり、もはや死を覚悟したらしい。


聖剣を振り上げると、グリフォンはわたしの瞳を穏やかに見つめてきて、まるで殺せと訴えてくるようで。一歩間違えたら逆の立場だったかもしれないのに、思わず剣を下げてしまう。


 「ねえ、どうしたらいいと思う……?」

 「腕折られといて言うのもなんだけど、殺すのはかわいそうだなあ。もともとグリフォンって益獣だって言うし。あ、いっそテイミングしちゃったら?」


 テイミング、というのは魔物を従属させる魔法で、自分より強い魔物には通用しないし、そもそも魔物が使用者を主と認めるような状況にならなければ成立しない。

 小さな魔物――それこそ岩うさぎ程度ならなんとかテイムしたこともあるが、グリフォンともなると前例すら聞いたことがない。


 まあ、やってみるだけならいいか。と、テイミングの魔法を唱えながらグリフォンの頭に触れる。ふかふかの羽毛は触り心地がよくて、布団の中綿にいいかもしれない。

 グリフォンはわたしの手を拒む様子もなく魔法の光に身を任せ、そして、あっさりと頭を垂れた。


 「「……えっ?」」


 どうやら、テイミングは成功、したみたいだ。


 「あ、冗談、だったんだけど? うそでしょ、王家の守護獣がどうしてこんなにあっさりテイムできるの?」

 「こっちが聞きたいわよ……そもそもさっきのことだってなんだったのかわからないし」

 「あ、ごめん、話の腰を折るようなんだけどね、あのね、うでがすごくいたい! 思いっきり折れてる! できればヒールが欲しいです!」


 思い出したようにのたうち回るアルティと、傷だらけのグリフォンに回復魔法を掛けてから、恐る恐る自分のステータスを確認してみると。


 剣術のレベルが、127になっていた。

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